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2006年7月30日 (日)

「北欧」イメージの歴史的生成

今年も大阪教育大柏原キャンパスでの集中講義は充実した三日間でした。猛暑のなかを真剣に講義に参加してくれた学生のみなさん、ありがとう!最近はなにかと雑音の多い仕事が多くて、自分の研究と教育に正面切って向き合える時間が限られていただけに、この三日間は僕自身にとってかけがえのない経験でした。(大阪外大では教えることのできない「西洋史」という枠組みから「北欧」を論じられるという部分も大きい。)

今回の集中講義のテーマは、「北欧」という地域概念の意味が歴史的に変幻する歴史的概念であるという前提に立ち、例えば、今の日本社会において好意的に受け止められている「北欧」イメージが、北欧の歴史的経験のなかでどのように築かれてきたのかを批判的・客観的にたどることに主眼を置きました。(学生のみなさんにとっては、「北欧」は決して地理的概念ではないという点からはじまって、過激な主張に溢れる講義だったと思います。)

福祉、中道、民主主義…と、「北欧」をぼくたちが好意的にイメージしてしまう要素は様々ですが、それらは(1)ヴァイキング時代以来現代にいたるまでの時間軸、(2)デンマーク・スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、アイスランドが直面した空間軸、この二つの軸の交わるところに育まれてきた多様な政治文化の帰結です。現代にあっては北欧に生きる人たちも自ら賞揚するようになった「北欧」を構成する要素は、おおまかにいって民衆を基盤とする政治社会、集産主義を是認する宗派体制、現実主義に立つ運命共同体としての民族観などに依っています。北欧史においてこれらの要素をつぶさに観察してみるならば、それは決して「北欧」を語る際に普遍的な意味をもつ「北欧」の属性ではありません。それは、個別の問題として北欧に生きる人たちが自ら体験した歴史的経験のなかから作り上げてきたイメージです。

少なくとも19世紀以降の歴史のなかで、これらの個別的な要素を総合することによって「北欧」観が北欧に生きる人たちによって自覚的に主張されるようになります。ナショナリズムのスカンディナヴィア主義に見られる「北欧」民族と冷戦期の第三の道としての「北欧」観などです。この二つの事例においては、「北欧」を総合する基準は異なります。前者が言語や歴史の記憶などを基準とした「北欧」を構想したのに対し、後者は混合経済や「北欧」型福祉、民主主義などを基準とする。「北欧」を構想した二つの段階に通底する背景は、カウンターアイデンティティとしての大陸ヨーロッパ(ないしは「西欧」)であり、自ら「北欧」とは、「西欧」とは異なるものとして構想される。(しかし実際のところ、自らを語る論法や準拠枠は、「西欧」伝来のものである場合がほとんどですが。)つまり「西欧」とは何かということが意識される時代が到来せねば、「北欧」とは何かという意識も到来せず、「北欧」を論ずることは実のところ「西欧」とは何かを反照的に論ずることにもなるわけで、ここに西洋史学としての「北欧」研究の一つの意義もでてきます。

しかし、例えば、EU統合の波が欧州全体を覆おうとしている現在、本来理念上の対抗関係にあった「西欧」に「北欧」の一部も取り込まれつつある現状にあっては、少なくとも19世紀・20世紀に構想されてきた「北欧」像が動揺しつつることは、容易に想像してもらえるでしょう。このように「北欧」という地域概念は、あくまでも理念的構想物にしか過ぎず、変幻自在なもの。北欧にはデンマーク、ノルウェー、スウェーデン、アイスランド、フィンランドの五カ国が厳然として分立し、外交・軍事・経済政策などで決して北欧諸国が統一路線を図れないことからも、「北欧」は理念的構築物にしか過ぎないことがわかると思います。そして、例えば、スカンディナヴィア主義や冷戦の時代に理念としての「北欧」が語られるのと同時代に、実のところそれへの反作用としてデンマークやスウェーデン、ノルウェーといった個別の意識が強められていくこともわかります。「北欧」においては統合と分裂が同時に起きていくということです。「北欧」とは、こうした二律背反な論理(西欧vs北欧vsデンマーク、スウェーデン、ノルウェー…)の複合の上に構想された概念です。ですから、日本で理解されているように、単純に地域間協力が進んだ「北欧」なんて、実際のところ言い切れるはずもない。

3日で15時間の独演会。(キューバのカストロ議長が老いてもなおひとたび演説となるや数時間も話し続ける理由がわからないでもない。)さすがに体力的にはがたがきて、最後は膝もがくがくしている状況でしたが、言いたいことも言えてすっきりしました。大阪教育大学のみなさん!また、どこかでお会いすることがあったら、気軽に声を掛けてください。

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コメント

はじめまして。興味深いお話で、お聞きしたかったです。「イギリス」イメージの生成はホイッグ史観や福沢諭吉などの方向から多少わからなくもなかったのですが、北欧イメージははじめて意識した問題でした。

遅いコメントで申し訳ないのですが、大阪教育大学の一受講生です。

北欧については白紙に近い状態で臨んだので、聞くこと聞くことが全て新しい知識で本当に面白かったです。

3日間、話し続けるのはとても大変なことだと思います、本当にご苦労様でした。
非常に興味深く授業で、楽しませていただきました。

ありがとうございました。

Kitahashiさん、はじめまして。コメントをいただきありがとうございました。またこのように返答が遅れたこと、申し訳ございません。

「北欧」に関しては、現代日本社会において神話化されて語られることの多い地域であり、歴史学に携わるものとして、現代「北欧」を特徴づける社会制度の歴史的展開を追うことはもちろんのことですが、解釈上の問題として「北欧」がどのように「語られてきた」結果、現在僕らが共有するようなイメージへと変貌を遂げたのかを明らかにすることも大切だと考えています。学生諸君に、「北欧」は地理的概念ではなく、歴史的概念(羽田正先生の言うような意味で)であると説くことは、刺激的な時間だったかも知れません。

「イギリス」イメージのことなど、折に触れご教授いただければ、幸いに存じます。よろしくお願いいたします。

letさん、コメントをありがとうございます。僕にとっても、大阪教育大での集中講義は一年に一度のビッグイベントで、楽しい経験です。今年も、新たな学生のみなさんとよい出会いができて、それだけでも大阪教育大にうかがった甲斐があったものだと思います。大阪教育大での授業は、「北欧史」ではなく「西洋史」なので、「北欧」を事例に語った内容や説明の枠組みを他地域を考える際に応用して考えてくれれば、うれしく思います。こちらも、今年の授業の経験を反省して、また次の授業にのぞみたいと思います。

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