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2006年4月11日 (火)

スウェーデン史研究は南をめざす(改)

日曜日に天王寺動物園へ行ってしまった結果、動物アレルギに花粉症もちな僕は、ここ数日思い切り体調を崩しています。ありゃ、自殺行為だったか…。思わせぶりな発言をしておきながら、すみません。で、前回の発言の続き。スマッシュヒットはとは何だったか。シェリー片手に…という文言から、「スペイン!」と直感された方がいらしたら、今度大阪でお会いしたときに一杯奢ります(笑)。

僕は常々近世ヨーロッパの世界像を実態に即しつつ、より立体的に理解するには、西欧を軸として考えることももちろん重要だけど、北欧や南欧といった地域を結びつける視点からヨーロッパ世界を俯瞰すること(…東大教養学部時代に習った比較文化論の平川祐弘先生のように考えれば「文化の三点測量」っていうのかな…ちと第三項の設定が他の二項とレベルが異なるのですが…)が必要だと思ってきました。そこで、例えば、ときには「ゴート」つながりでスペイン・スウェーデンは論じられないか、ときには「複合国家・王朝」でスペイン・スウェーデンは論じられないか…と、何人かのスペイン史を研究している人たちに猛々しく語ってきました。大抵の場合、構想は妄想としてしか理解されてきませんでしたが。

で、この間、大阪外大の同僚でスペイン近世史研究をされているNさんと飲んでいたら、「古谷さん、カルロス3世とグスタヴ3世の啓蒙専制を比較している論集を見つけたよ。」との助言をもらったのです。これが、どえらい助言だった…。酔いが醒めてから翌日これを調べてみると、な、なんと…スペイン・スウェーデン歴史会議なる組織のコロークを活字化したものではありませんか!しかも、第11回目のコローク…そのときのテーマは「啓蒙専制」とある…。だいたいスペイン語で…しかもスペインの大学を舞台として開かれているようなコロークの存在を、日本でスウェーデン史研究をしている僕など知るよしもありません。「これだ!このスペイン・スウェーデン歴史会議!」と、上に述べたような関心をもっていた僕の頭のなかに、このときばかりは電光石火の閃きが走りました。

速攻神保町のスペイン語書籍の取次店リブロに件の論集を発注してみたら、な、なんと劇速24時間もしないうちにその実物が手元に届き、その内容を現在は首尾良く精査中(…スペイン語なんですが…)。今回、話題にあがったコロークは、マドリードのカルロス3世大学を会場として2003年4月に開催されたもので、スウェーデン側からはストックホルム大学に属する18世紀社会思想史(とりわけ啓蒙)研究の大家Bo Lindegren先生らが参加。Nさんからの情報によれば、スペイン側からはやはり啓蒙専制研究の大家であるCarlos Martinez Shaw先生らが参加しており、このスペイン・スウェーデン歴史会議が確たる陣容をもって企画されている組織であることは判明しました。

スペイン・スウェーデン歴史会議のコロークを調査してみると、どうやら1990年代以降、スペインの各大学を会場として頻繁に開催されいるようです。なぜこのような組織が企画されているのか…それを明らかにするのは今後の課題なのですが。(「そんなん、スウェーデンの人がスペインに行きたくてでっちあげた組織よ。」なんて、一部スウェーデン事情通からのキビシー指摘もありますが…本音の部分、それがあながちないとも言い切れない理由と思えるのが怖いところ。)しかし、「啓蒙専制」以外にもこのコロークでテーマとされたものには、スペインとスウェーデンを貫く比較研究を可能にするようなヒントがたくさん隠されていそうです。現に「啓蒙専制」の回のものだけでも、「こりゃ、凄い!」と思わせる報告があります。ちなみにコロークは7割方はスペイン語、残りは英語で報告されているみたいですね。久しぶりにロマンス語系の言語と格闘しています。

あまりにも電撃的な展開!助言を頂いてから数日間のうちに文献が手に入いり調査に入れたことからも、「これは天の思し召しか!」…というか「つべこべ言わず、やれ!」って言われているような出来事に僕には思えたのです。近世における広域支配秩序の比較としては、スペイン帝国とバルト海帝国の比較もおもしろそうですし、それぞれの帝国を維持した秩序理念の比較なんてこともおもしろそう。もちろんただ二者を単純に比較しただけでは、「はい、スペインとスウェーデンを比較してみました。どうですか、こんな比較は今までなかったでしょう?」で終わってしまう可能性がありますから、そこは両者が秩序形成に至る際の参照枠、あるいは準拠枠としてのヨーロッパというものをいわば第三項として絡めて、より広範な近世ヨーロッパ世界研究として論じていく必要はあるでしょう。

冷戦終結も今は昔の話となり、ヨーロッパ統合が進む今、果たして僕たちは、「ヨーロッパ」という世界をどれだけ客観的に理解しているのでしょうか?日本人の問題関心に応じて構想されたイギリスやフランス、ドイツといった国々のフィルターを通じ理解されてきたこれまでの「ヨーロッパ」観は、どれだけ実態に即したものなのでしょうか?こんな問題関心を抱くようになったのは、それぞれの地域で語られている言語をベースに、現地の文化や社会を客観的に明らかにしようとする大阪外大での経験が生きています。

まぁ、今回のような電撃的な経験を得られるのも、大阪外大が多士済々な人材を抱えていて、気軽に興味をもった話を打ち明けてみると、いろいろな学問分野の知見から助言を頂ける環境にあるからです。こうしたシナジー効果には、心から感謝するしかありません。こうした知見をうまく組み合わせると、そりゃおもしろい研究につながる化学反応もまだまだ大阪外大から導き出せるんじゃないか!

『荘子』に言う図南鵬翼の故事にあるように、僕のスウェーデン史研究は勇躍南を目指し飛び立とうとしています。

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