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2006年4月30日 (日)

ゴールデンウィーク最終日(汗)

家族には大変申し訳ないのですが、今年のゴールデンウィークで家族サービスができるのは今日が最後になります。(明日から授業、会議、その後は籠もって学会報告の準備です。)日付は今日になっていましたが深夜に東京より帰阪し、ちょっと寝てから今日は京都の梅小路公園に出かけました。疲れを感じている暇はありません。

梅小路公園といえば、JR梅小路蒸気機関車館で有名な場所です。扇形の機関庫には、大正~昭和にかけての蒸気機関車黄金時代を担った汽車がずらっと展示されており、転車台も往時のまま保存され、(週末には実際に汽車が走りますので)実際に稼働しています。息子は先月のオーデンセのデンマーク国鉄博物館に続き、扇形の機関庫に収められた汽車の数々に興奮していたようです。

僕はといえば、汽車のことはよくわからないのですが、この蒸気機関車館の建物が大正初期(1914年)に建てられた日本でも最古級の現存する鉄筋コンクリートによる建造物だという点に興味津々。ふつう明治から大正くらいにかけての鉄道関連の建物は、例えばわかりやすい例としては東京駅のように、煉瓦造りが多いと思うのですが(…いや、東京駅については辰野金吾の時代には鉄筋コンクリートも知られていて、そのプランも提出されたようですが、辰野がかたくなに拒んだという話もありますね…)、梅小路は鉄筋コンクリート。ちょっと砂の含有が多いような肌触りでしたけど。

京都がらみで近代日本建築技術の歴史を辿ろうとするならば、それは一も、二もなく琵琶湖疎水のトンネルや橋などを見るべきだと思うのですが、そもそもフランスあたりで発明された鉄筋コンクリート技術(…コンクリートの歴史自体はとーっても古いらしいのですが、鉄筋で補強するとなると鉄鋼技術との関連が出てきますからやはり19世紀ですね…)が日本に紹介され、我が国で最初に作られた鉄筋コンクリート建造物は京都山科の日ノ岡第11号橋ってところで、これが1903年のものらしい。梅小路はそれから10年ほど後のものってことですね。

東京を中心に考えてみると、例えば安田講堂をはじめとする現在に残る東大本郷キャンパスの建物群は確かに鉄筋コンクリートなのですが、それは関東大震災後の復興計画のなかで構想されたものですから、梅小路のもののほうが10年以上古いことになりますね。一般的な視点で考えてみると、鉄筋コンクリートは例えば1920年代のアメリカ黄金時代の摩天楼群を支えた技術ですし、鉄筋コンクリートを用いて現代機能主義建築を切り開いていくグロピウスらのバウハウス運動も本格化したのは1920年代。ってなことで、梅小路の建物の先進性が浮かび上がってくるわけです。

ってなことを考えながら、たった一日の家族サービスの日が終わろうとしています。そういえば、昨日の発言の続きですが、例のECCOを使ってみたらケンペルの『日本記』("Historia Imperii Japonici")の1727年に公刊された英訳版("The History of Japan")を発見しました。うーん、すごいぞ、ECCO。この『日本記』、ケンペルが日本に滞在していた時期に収集した膨大な資料をもとに記したものですが、徳川綱吉時代の幕府体制をかなり高評価した内容で、日本をヨーロッパ諸国の模範として紹介しているんですよね。(…その発想って、なんだか後期水戸学の会沢正志斎の『新論』っぽいなぁ…。)後年、モンテスキューやカントらが引用したなんて話も聞くぐらい、18世紀ヨーロッパでは最も信頼の置かれた日本紹介本でした。ECCOの力を借りて詳細に読んでみたいのですが、これはゴールデンウィーク中には無理ですね…。

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