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2006年4月28日 (金)

ハード・アカデミズム

昨日は午前・午後と総計6時間も会議の司会進行をしていました。さすがに6時間も人前で笑顔を絶やさずご意見を伺い、話を整理し続けるのは疲れます。でも、僕ぐらいは笑ってなくちゃね。

延々と続いた研究推進をめぐる会議のなかにあって、僕は、昨日発言した高山博先生によるハード・アカデミズムの意味を今更ながら噛みしめていました。これは東大での学生時代以来、慣れ親しんできた考え方です。おおよそ、古くからある知を咀嚼し反芻していくソフト・アカデミズムに対して、ハード・アカデミズムは新しい知を創造していくアカデミズムでそれを実現できる者が研究者だということになりましょうか。

なるほど語学教育機関としての大阪外大は確かに優れていたかも知れません。それは高山先生の論法でいけばソフト・アカデミズムは実現されていたということです。しかし、新しい知を生み出そうとする研究機関としての、すなわちハード・アカデミズムを成就するための気概をもった機関としては、問題があったかも知れません。阪大との統合推進協議の中で、大阪外大のなかにいる人間は、「阪大はどうだから、外大はこうだ…」というようなところで右往左往させられ、議論が堂々巡りとなって徒労感ばかりが募ってしまいました。それらの議論には、誠にハード・アカデミズムの大局的見地が皆無の議論だったと言わざるを得ません。

ここで話を研究機関としての側面に限定するならば、「阪大がどうだ、外大がどうだ…」などという議論は誠に些末なものに思えてきます。言葉が悪くて恐縮なのですが、そんな話は目くそ鼻くそを笑うに近い議論です。本来より大局的な見地から、阪大だろうが、外大だろうが、新しく作られていくべき体制が従来の組織を止揚して、新しい知を創造できるか否かという点で考えられねばなりません。新しい知を創造することは、厳しさを求められる作業の連続ですが、しかしそれは実に創造的な仕事でもあるわけですから、自らが知を生み出す研究者なんだという立場に立てば、それは楽しさを見出す過程でもあると言えます。

というか、ぶっちゃけ、統合協議っては、旧帝大とか呼ばれている阪大と日本に二つしかない国立外国語大学の一つの大阪外大を素材として使って良いから、「大学、つくっちゃえ!」ってことですよね?たった一度の人生のなかで、「大学、つくっていいよ!」なんて言われる機会は、フツーは滅多にないことですよね?しかも理系・文系を問わず大学づくりに使って良いって言われている素材が、こんなにもよりどりみどり揃っている機会って、今までなかったんじゃないかなぁ。統合協議って、そんな言い方ではお気楽すぎますか?こんな機会に巡り会うなんて、めちゃめちゃラッキーって思ってるんですが…僕、間違ってる?

今までの協議のなかで、こうした点で楽しさを見出そうとしてこなかったところが、そもそも大阪外大の研究機関としての欠点だったかも知れません。はーいっと、今日はこれから東京へ行ってきまーす!お仕事、お仕事っと。(全く関係ないのですが、仕事の友の702NKII、良いね、これ。神機だよ…って、ぼそっと言ってみる。)

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