最近のトラックバック

2020年5月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
無料ブログはココログ

« 涙を癒すもの | トップページ | 今日の上京 »

2006年3月 5日 (日)

プッチーニを聴きながら…

仕事が貯まっているにもかかわらず、昨日は一切仕事が手に着かなかった。精神的な不安感と焦燥感…これが軽い鬱ってもんかと思った。一夜明けて、もう仕事に集中するしかあるまいと改心。勉強に集中し、時間が経過しているのを知ると、仕事が進んだということよりも、嫌なことがあった時点から、ただ単に時間が経過していることのほうが今は嬉しい。こうした感覚は正常なことではないけれど、今は何よりものリハビリテーションになっている気がする。というか、こういうことをブログに書き込めるんだから、それなりに立ち直っているということか。

で、勉強はプッチーニを傍らで延々流し続けながら続けています。荒川静香のトリーノがどうこうではなく(…オリンピックで浮かれることができた人たちは幸せです…)、僕はもとよりプッチーニが大好きなのです。音楽市場の需要を睨みつつシンクレティズムとオリエンタリズムの粋をいった確信犯的な音楽の作り方。ほぼ同時代の国民学派と呼ばれる偽善的音楽技法(…その楽派に属するとされている作曲者のどの程度が心から国民的とされるものを理解し、国民的とされるものを追い求めたのだろう…)より、よぽっど正直な音楽家に思う。ルッカの宗教音楽家の家系に生まれた彼の音楽技法のベースは宗教音楽にありつつも、世俗的な音楽の流行にも敏感、とはいえただ通俗的かといえばそうではなく、いちはやくシェーンベルクの音楽技法などの分析と評価を行ったりしている。プッチーニの作品のいくつかを西洋と非西洋(アメリカもあるからね)の邂逅という立場からオリエンタリズム的に捉えるのではプッチーニを解釈するには限界があり、実のところ上に行ったような様々な音楽語法のシンクレティズム的可能性がプッチーニの真の魅力と思っている。

今ごそごそっと書棚から発掘して聞き流しているのは、『ラ・ボエーム』(パバロッティ/フレーニ/カラヤン指揮BPO/1972年)、『トスカ』(リッチャレッリ/カレーラス/カラヤン指揮BPO、1979年)、『蝶々夫人』(カラス/カラヤン指揮ミラノスカラ座/1955年)、『トゥーランドット』(ニルソン/コレッリ/プラデッリ指揮ローマ歌劇場/1965年)くらいかな…。カラヤンが多いのは許してください…カラヤンは少年時代の僕のアイドルだったんです。でも『トゥーランドット』だけは、個人的には、録音は古くなってもニルソンの歌うトゥーランドットが最高。「誰も寝てはならぬ」となれば、デル・モナコの1955年盤も有名だけど、僕はコレッリも良いと思っている。

「誰も寝てはならぬ」…はっ、僕も寝てはならぬ…明日締め切りの報告書を仕上げなくちゃ。明日は日本西洋史学会の打ち合わせで東京出張です。

« 涙を癒すもの | トップページ | 今日の上京 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: プッチーニを聴きながら…:

« 涙を癒すもの | トップページ | 今日の上京 »