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2006年2月10日 (金)

地域概念としての「北欧」雑感

昨日は比較的会議が少なく3つだけ(笑)。成績付けや成果報告執筆も山場を迎えているけれども、それ以上に気になっているのはこの18日に開かれる東欧史研究会での報告準備。東欧史研究会の方々には、北欧研究者の自分を招いて頂けることに感謝申し上げます。で、地域概念の再検討というテーマで北欧の事例を語ることになっていますが、とある科研の(とはいっても軍事関連ではない)成果報告や他大学での講義準備も含めて、網羅的に準備中。

地域概念としての「北欧」は、先日のデンマークに対する戯画問題でも述べたように(おそらく)世界中どこでも多かれ少なかれ一なる「北欧」というイメージで想起されていると思います。少なくともスカンディナヴィア三カ国については言語的にも、歴史的にも、社会的にも比較的共通の要素が多いから、そうしたイメージはあながち間違ったものではないですし、当の北欧に生きる人たちもそうしたイメージを共有して自己意識を作り上げていると思います。

厳密に「北欧」概念の歴史的な展開を追えば、地理的概念としてのスカンディナヴィアは古代ローマの頃から知られていたものの、政治的概念としてのノールデン(北欧)は一般的には19世紀のナショナリズムの時代にドイツやロシアとの対抗関係のなかで起きたスカンディナヴィア主義以降普及した概念だと議論されています。そうは議論されているものの、最近の僕の考えでは、東欧や中欧、南欧などと比較した場合、北欧はナショナリズム以前から一なる文化的概念として北欧に生きた人々に議論されてきた経緯があったと思っています。

宗教的枠組みとしては12世紀初頭のルンド大司教座の設置に伴う北欧大司教区が一つの起源であり、政治的枠組みとしてはドイツのハンザ同盟との対抗関係のなかで14世紀末以降模索された同君連合としてのカルマル連合が一つの起源です。そして文化的起源としては、ルネサンス・宗教改革以降、とりわけスウェーデンの「バルト海帝国」の経験のなかではぐくまれた、ラテン的文化の対抗者としてのゲルマン的文化の担い手としての自己意識が起源にあると考えています。

数年前から、例えば「祖国」意識などを事例にスウェーデン意識の歴史的展開を研究してきましたが、そのときにどうしても触れざるを得ないテーマとして近世スウェーデンにおけるゴート主義(あるいはゴート族起源説)というテーマがあります。ゴートとは例のゲルマン民族の大移動のなかでイベリア半島まで到達したゴート族のことですが、近世スウェーデンで「帝国」の拡張の際に自らの正統性を論証する言説としてゴート主義はことさら強調されました。それによればスウェーデンは旧約聖書におけるノアの孫のマゴグの末裔(マゴグはフィンランドあたりに移住したと考えられていました)で、それゆえに神に祝福された民族であり、ヨーロッパ文化の起源はギリシアではなく、ゲルマン民族の移動と中世ゴシック世界の展開とともに北のゴート(スウェーデン)からもたらされたというのです。

それゆえに神に祝福された民族の住まう北欧は主にスウェーデン人たちによって一種の「ユートピア」として解釈され、O.ルードベックのような17世紀に活躍した思想家はプラトンが『ティマイオス』などに記したアトランティスとは北欧だったというような主張までしました。そしてゴート主義は19世紀のナショナリズムの時代にも生き続け、スウェーデン国民主義史観の父E.G.イェイイェルらがつくったゴート協会は自由や尚武を尊ぶ精神性をもったスウェーデン民族の育成を掲げ、そうした文脈からヴァイキングの歴史も想像され、余談としては健全なるゴート精神を肉体的に実現する目的からスウェーデン体操みないなものまで作られていった次第。

一見胡散臭いゴート主義なのだけれども、それがナショナリズム以前の時代において、少なくとも17世紀以降に創造されていった自己意識を明らかにしようとする言説だったということから、地域概念としての「北欧」が近代以降つくられた新しい概念ではなく、歴史的にそれなりに古い起源をもった、だからこそ人口に膾炙してきた概念だったことを示す一事例になりそうと考えています。

で、この発言の最後に強調したいことは、このゴート主義に見られるようなアイデンティティの表明も、決して自分自身のオリジナルな議論としてつくられたものではなく、同時代の(ときには対抗関係にある)他地域・他文化における言説を横領しながらつくりあげられていっているという点。例えば、ゴート族のような本来キリスト教と結びつかない者のオリジンを語る際に旧約聖書の言説を借用していたり、バルト海世界とは本来相容れないプラトンの言説を借用して北欧をユートピアとして語っていたり、西欧起源の市民社会に対抗して自由や平等といった古ゲルマン的価値観の優位を唱えた近代ナショナリズムも実はフランス革命起源の自由・平等・博愛といった理念を借用していたりする点。

こうした文化的混交関係から歴史的に地域概念としての「北欧」は想像され、次第に共有されていった(…しかも現代になれば福祉だの、平和だのといったような肯定的価値と結びついて…北欧が福祉社会だってのは制度上事実だと思うけど、それをユートピア的に解釈するってのはルードベックのアトランティス論の現代版だよな、まさに…ルードベックの術中にはまっている日本人のなんと多いことか…)のだとと、僕は思っています。

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コメント

コメントは初めて書き込ませていただきます。今まで何度かTBさせて貰っていましたが、挨拶をせずに失礼をいたしました。

今回の記事、僕が無知のせいもありますが、大変興味深かったので、TBさせていただきました。
しかし、「パトリア」として「ゴート」と「マゴグ」の併せ技を編み出した点に驚きました。

とりあえず簡単な感想ですが、今後ともよろしくお願いします。

chorolynさんのトラックバックから、拝見させていただきました。中世アイルランド史を研究中の学生です。不勉強のため北欧史どころか、アイルランドの近代史もよく分かっていないので、イメージでしか申し上げられないのですが、どことなくアイデンティティの構築の仕方がアイルランドと似ている、と感じました。
アイルランドでも、12世紀に神話的な「アイルランドの歴史」が記述化されましたが、やはりノアの子供が、その起源として語られています。実はもう一つ船を造っていたのだ、という形で。そのため、非常に興味深く読ませていただきました。
初めての書き込みで、長文になり、申し訳ありません。今後もいろいろと勉強させていただきたく、よろしくお願いいたします。

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» [本日の気になる記事] [SCHOLASTICUS LUGDUNENSIS]
スウェーデンの「祖国」形成。http://gustav.air-nifty.com/furuya/2006/02/post_e99e.html 僕は「北欧」のアイデンティティ形成の歴史についてまったくの無知なので、凄い新鮮な驚きでした。 「ゴート」を選んだんですねぇ。 しかも「マゴグ」とくっつけるとは。 というとエゼキエルの書なのでしょうか? そうするとこれまたかなりアクロバティックに使わないとダメなんでしょうね。 プラトンの『ティマイオス』持ってくる話はどこかで耳にした記憶があるんです... [続きを読む]

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