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2005年11月13日 (日)

北摂の秋

今年の史学会大会で催された公開シンポジウム『18世紀の秩序問題』、欠席が悔やまれます。それぞれの論題が大変興味深いのですが、個人的にとりわけ関心があったのは東京大学大学院法学政治学研究科の渡辺浩先生による『市場・「啓蒙」・秩序―「日本」の場合』。

事前告知を読む限り、18世紀日本の儒学界における「市場道徳」論は、まさに僕が最近取り組んできた18世紀スウェーデンにおける政治経済学の議論においてnation概念を拡張していく際の争点の一つ(例えば労働市場を外国人に開放した場合の信教問題など)だったわけだし、政府存立の正統性への問い(…これこそまさに僕の田舎で発展した水戸学の前期から後期への変貌を支えた議論だろう…そして正統性の根拠を歴史叙述に求めた水戸学はやがて19世紀の藩制改革を踏まえて幕末に実践されるべき「テクスト」を用意していったのだ…)は、まさに大北方戦争敗北後、「バルト海帝国」としての正統性を失った後のスウェーデンにとっても大きな問題だったわけです。「市場道徳」論と政府存立の正統性の議論は不可分の議論であった(と予想するのですが)ように、18世紀スウェーデンの場合にも「バルト海帝国」が失われてこそ認識されえた正統性への議論(あるいは「スウェーデン」そのものとは何かという問題設定)が「自由の時代」に政治経済学など様々な議論を用意し、やがて近現代以降の秩序意識を準備していくのです。

かくかくしかじかで、安易な比較は避けるべきですが、しかし自分の考えていることを国史の分野から刺激されることが十分予想される内容だっただけに、聞けなかったのが残念。いやぁ、昨年だったか、大阪外大の新入生向けのパンフレットに「なぜ自分がスウェーデンの歴史を勉強しているか」という文章を寄せたときに、それは自分自身の根本を司る部分の来歴を辿ることだと書いて、ついつい水戸学とスウェーデンという突拍子もない事例をあげて、まったくとんでもない飛躍した議論を展開させてしまっていただけに、今回の公開シンポジウムに行けなかったこと、悔やまれます。(活字化されませんかね?)

で、今日は久しぶりに家族と一緒の休日ということで、箕面公園を散策してました。息子はえらく活発で、散歩しても、散歩しても、全く疲れを感じない様子。箕面といえば、そこは阪急電鉄が戦前に大阪の奥座敷として観光地開発した場所であることはよく知られた話ですが、全く疲れた素振りを見せず…挙げ句の果てにもっともっと遊ぼうと言い出す息子を宥めるために、阪急箕面駅で来年の阪急電車カレンダーを買い与えました。(そのときにレジで対応してくれたアルバイトのお嬢さんがえらい美少女だった…と妻の談。僕はその場に立ち会っていなかったので、買い物にはしっかりとつきあっとくべきだと後悔しましたが、しかしなぜ妻は女性のはずなのに、女性のチェックにあんなに余念がないのだろう?)

で、折角の機会だったので、妻の希望で箕面では名の知られたイタリア料理やさんへ行ったのですが、この店の対応があまりに酷くて閉口。僕らが入っていったときに、すべてのテーブルに食べ終わったあとのお皿がそのまま残っていて、僕らが入ってからテーブルセッティングがようやくはじまるは、水差しだけもってきてコップをもってこないは、おまけでついてくるはずのパンも食べ終わる頃にようやく出てくるは…で、とにかく弛んでましたねぇ。いくら名が知られているからとはいえ、古谷家は二度と訪れないでしょう。肝心の料理もそれほどのものではありませんでした…というか気分がかなり害されていたからな、味どころじゃなかったです。

憤慨した後に帰宅してみれば、HMVよりだいぶ以前に発注していたクナッパーツブッシュによる1956年のバイロイトにおける『指環』公演と、最近出たばかりのツィメルマン&ラトル&BPO(なんと贅沢な組み合わせ!)によるブラームスのピアノ協奏曲1番のCDが届いていて、今、前者をチェックしながら仕事中。輸入盤のCDになると大部のものの場合よくプレスミスがあって音源とCDラベルが一致しないことがあるので、まずはそうしたところに注意を払いながら、『指環』をざーっと聞いています…とはいえ13枚あるので、そうすぐにはこの作業は終わらない。これの感想はまた後で発言しようと思いますが、最初に聞いたブラームスの1番協奏曲は今年下半期の最大の収穫かも。僕はツィメルマンも、ラトルも好きなので、そりゃ評価しちゃいますが、そんなの抜きでも良いですよ…雄々しさ満点のできです。

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