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2005年11月11日 (金)

妻の記憶力に脱帽

国立商店の鞄に使われている新しい化学繊維の話から、「ナイロンってどうつくられるのか?」という話が古谷家で持ち上がったものの、 根っから人文系な古谷家では、「ナイロンって化学合成でつくられる。」とか、 小学生でも想像できそうな程度の幼稚な答えが出て、妻も僕もお互いに納得しかけたところ、「いや、まった…」とばかりに妻がアーサー・ミラーの『セールスマンの死』 を突如として持ち出してきて、主人公が愛人にナイロンのストッキングを贈る話へ展開し、 あれは古きよきアメリカの幸せな時代を象徴させるような一つの品だったけれども、結局『セールスマンの死』 としてはアメリカ社会の道徳的退廃(あるいは崩壊)を予兆している内容だったのだ…ととんでもない方向へ会話が進んでしまいました。うん、ナイロンとアメリカ演劇、話のネタとしては悪くない展開です…しかしナイロンの製法については百科事典を読んでもよくわからないままです。

僕が最近記憶力の限界を感じているのに対して、妻の記憶力には脱帽する機会が多々あります。 とりわけ彼女は自分が読んだ文献のどこになにが書かれていたかを、異常なまでに正確に記憶している。『セールスマンの死』についてだって、 彼女はPenguin Booksから1961年にだされたペーパーバック版の"Death of a Salesman"を本棚からおもむろに持ち出し、そのp.58にある台詞を引用してナイロンの話をしてくれました。他にも例えば、 彼女がスウェーデンに滞在していたときに通ったSvenska för invandrare(移民のためのスウェーデン語学校) で使われた様々なテキストやそのときに彼女がとったノートのどこになにが書かれていたかを正確に記憶しています。従って、 彼女のスウェーデン語力は異常に正確なのです…。

ところが、これが歴史的な知識になれば、夫が歴史で食べているというのにまったくゼロに等しいのです。 たぶん自分の関心のあることにえらい効力を発揮するものなのでしょう。また彼女自身、「私は小学校の教科書さえ覚えている」 と豪語するものの、そうした記憶力が普段の生活、とりわけ社会的活動や経済的活動にまったく活かされないのはなぜなのか、 それが残念だとも言っています。(というか、それって自分の意思の問題では…?)

そこで、彼女のそんな記憶力の根源についてどなたか研究してみてくれませんか…と書いてくれと頼まれましたので、 記憶力の良い妻はきっとそのことを延々覚えていると思ったので、発言しました。

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コメント

自分の意志の問題だとは30数年生きてきて思いもよりませんでした。目から鱗です。そっか。気づかせてくれてありがとう。

>記憶力が普段の生活、とりわけ社会的活動や経済的活動にまったく活かされないのはなぜなのか、それが残念だとも言っています。(というか、それって自分の意志の問題では…?)

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