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2005年11月

2005年11月30日 (水)

混乱中…

もとよりそれほど明晰な頭脳を持ち合わせておりませんが、ここに来てと或る事情から、ただでさえ公私の生活が忙しいのにもうすっかり混乱してしまっていて、何から手をつけて良いのか全く理解できなくなっています。こんなことから授業や研究で素っ頓狂なことを言い出す始末では、まさに本末転倒というものですが、僕の授業に出てくれている学生の皆さんには、誠に申し訳なく思います。こんな状態がいつまで続いくのでしょうか…はやく正常化させないと…と秋晴れを恨めしく眺めながら愚痴りたくなります。

2005年11月29日 (火)

現代北欧地域論4・ 北欧文化講義II

大阪外大の皆さん、次回の北欧史講義に関する講義ファイルをアップロードします。

第19回 「現代世界のなかの北欧」 をダウンロード

とはいえ今日は戦間期の北欧諸国の動向に関して講義しますので、第18回(それとロシア革命とフィンランド独立の話もありますので第17回)の講義ファイルを用意して授業に臨んでください。

それでは4時間目にお会いしましょう!

お詫び

コメントを寄せてくださっている皆様、僕から回答ができず本当に申し訳ございません。ただひたすら謝るだけでございます。皆様から頂いているコメントには、本当に感謝しております。逐一回答ができるようになるまで、もう少し時間をください。

2005年11月28日 (月)

地域研究VIII

関西外大のみなさん、一応シラバスに従って講義ファイル「森の墓地(スウェーデン)」をアップロードしますが、例によって話の展開が遅れております。誠に申し訳ありませんが、前回のルンドに関するファイルと北欧の世界遺産に関するファイルも、今日の授業時間に持参してください。よろしくお願いします。

第8回 「森の墓地(スウェーデン)」 をダウンロード

それでは3時間目の授業でお会いしましょう!

2005年11月27日 (日)

北陸路に憬れて…

なんだかんだ…とズルズルと大河ドラマの『義経』は良いとこどりで見続けていて、いよいよ今晩は「勧進帳」。「日本」人は、あぁいうお涙頂戴的な話の展開には、やはり涙腺が緩くなりますねぇ…不覚にも。というか、「勧進帳」といえば安宅の関が舞台なわけで、伝承としては小松のあたりから高岡あたりまで、義経絡みではいろいろと旧跡が残されているわけです。で、『義経』の前にやはりダラダラと見ていた『全国居酒屋紀行ファイナル』がたまたま若狭小浜の居酒屋さんが特集されていて、ちょっと前に見た魚津の回も含めて、そして「勧進帳」を見終えた今、「うーん、北陸を歩きたい!」という思いに駆られました。

とりわけ小浜の居酒屋さんで見かけた、この時期が旬の若狭がれいの食べ方。つまり干物になったちっさなかれいを食べるときに、直に手で三枚におろして骨をとり除く食べ方に大いに関心…。いつだったか、どこかの居酒屋さんで僕はこのかれいをトライしたことがあったのだけれども、食べ方を知らなくて、「やたらと骨が多くて、面倒…。」と辟易としてしまった一品だっただけに、「なるほど、こうして食べるのか!」と今回の『全国居酒屋紀行』もたいへん勉強になりました。地場ものの食べ方には独特の作法があって、それを知らなければその良さを知らずまま誤解に終わってしまう場合が多い。例えば、デンマークのボーンホルム島における薫製ニシンなんてのが、その代表格。ニシンだからやたらと骨張ってるのですが、薫製にされ凝縮された肉の旨味を味わうには、それを食べる作法を知っておかねばなりません。

ところで薫製で思い出したのだけれども、貴重な動物性タンパク質を保存する食品製法という観点にたてば、若狭の鯖へしこってのは興味深い一品。『全国居酒屋紀行』の太田和彦さんがいみじくも、「へしこは日本のハムだ!」と指摘されていたけれど、鯖を塩漬けし、さらにぬか漬けし長期熟成させるへしこは、まさに「ハム」ですね。ぜひ一度味わってみたいものです。

年末年始はまた金沢へ行く機会もありますし(…というか28日まで出張ですが…)、北陸路を行く楽しみが高まってきました。(あ、そうそう、個人的にいずれ行ってみたい日本の土地ベストワンは、三方五湖です。)

2005年11月26日 (土)

安物買いの銭失い

今日は息子と二人で、少路→蛍池→梅田→山田(妻と合流)という「黄金のトライアングル」ルートで、大阪モノレール&阪急電車でお出かけ。梅田ではほんの20分程度ヨドバシカメラへ立ち寄り、前々から買おうと思っていた書斎机用のCDプレーヤを物色。これまではPowerBookG4にSonyのアクティブスピーカSRS-Z500(…これ5年くらい前に大阪に来たばかりの頃に買ったものなんですが、結構骨太に出力してくれます…)をつなげてCDやiPodやDVDを鑑賞していたのですが、この場合、音楽だけ聴こうと思ってもPowerBookを立ち上げなきゃならず、またPowerBookのファンの音などが五月蠅くてよくないと思っていました。

で、PowerBookから外部出力用スピーカを兼ねたミニコンポーネントシステムを探していたのですが、なかなかよいものが見つからず、「まぁ、そんなに音にはこだわらないし…」と、Bearmaxとかいう名前を聞いたこともないメーカーの、とりあえずCDプレーヤとラジオチューナが一体化したシステムで外部入出力端子のついた1万円そこそこのミニコンポを購入。
恥ずかしくて書くのもためらわれるのですが、NE-388というブツなのですが、いやはや、これがやはりなんというか「安物買いの銭失い」の典型たる買い物になってしまいました。僕の運が悪かったと思いたいのですが、帰宅後、意気揚々と接続させてみると、どうにうもこうにも左側スピーカから音がでてこない…全然ステレオになってないじゃん。で、右側から聞こえてくる音だけでも、なんだか貧弱。アンプの出力がどうにも弱々しい。で、本体部だけそのままにして、Sonyのアクティブスピーカを接続させてみて、なんとか聞けるレベルにもっていったけれど、そもそも左側から全く音が出てこないのは初期不良だということに気がついて、即ヨドバシカメラに交換を依頼…。ふー、またまた買い物に失敗しちゃいました。

うーん、まぁ、築30年以上の古ぼけた官舎には、高級オーディオシステムなんざ全く似合わないので、僕にとってそれは「夢のまた夢」ではありますが、いつになったら一人ゆっくりと音楽だけを楽しめる環境を得られるのでしょうか…。というか、縦置き据え置きできるCDプレーヤってなかなかないもんですね。前もこのブログのどこかで書いたかも知れませんが、安物買いの銭失い…なかなか反省が活かされません。(これまで僕の生活のなかで「安物買いの銭失い」の例だったのは髭剃り機でしたけど、この夏に「清水の舞台から飛び降りた」つもりでBuraunのBS8785に換えてみたら、これはとても調子がよい…。うーん、道具に妥協は禁物ということでしょうかねぇ…。)

2005年11月24日 (木)

突進してくる自転車には気をつけよう!

先日大阪外大内を急いで移動していたら、自転車に正面衝突されました。大阪外大の学生の皆さんなら理解できましょうか…中庭から降りていく「墓石」階段から本部管理棟へ向かうところ、階段を下りきったときに出会い頭に歩道右手前から疾走してきた自転車に追突されました。久々に痛かったなぁ…。幸いにして、自転車を運転していた(なんと)小学生も転倒することはなく(…というか、こちらが転倒した…)大事には至りませんでしたが、こちらのズボンにはくっきりとタイヤの跡が残ったままでした。以前、本郷に居たときにも自転車に追突されて、そのときは大事をとって病院でレントゲンを撮ってもらいましたけど、なんだか最近は自転車に衝突されて死亡事故に至るケースも増えているらしいので、歩いている側も、運転している側も、注意したいものです。

2005年11月23日 (水)

ハンバーグ中毒発症中

この日曜日くらいから無性にハンバーグ(あるいはハンバーガー)を食べたくなり、どうしようもないときにはマクドナルドへ駆け込んでいます。そもそも今年の僕の個人的な“食”に関するテーマは「ハンバーグを食べまくる」ことだったのですが、なんとなく北摂におけるハンバーグ事情は見切った感じがしていて、最近はハンバーグ熱が冷めていました。(フォルクスでの加工肉偽装問題も明らかになりましたしね。)ところがどうしたことか、今週の日曜日のお昼すぎに千里中央を散歩中に突如としてハンバーガーが食べたくなってマクドナルドへ駆け込み、月曜日は関西外大での授業を終えた後に関西外大のキャンパス内のマクドナルドへ赴き(…ただしこのときは混雑したいたために食べるのをあきらめました…)、火曜日は4時間目の授業中に思わず「ハンバーグ食べたい」と学生の前で口走り、ハンバーグ(ドイツ)→フリカデーラ(デンマーク)→シェットブッラル(スウェーデン)…と挽肉の団子焼が大きさ・形状ともに小さくなっていく過程を語ってしまいました。

そして今日水曜日は…といえば…なんばパークスを散策したついでにKUA 'AINAという名前の、もともとはハワイが発祥らしいハンバーガー屋さんで、チェダーチーズを載せたチーズバーガーを食べました。(この店の目玉はアボガドバーガーらしいのですが、アボガド苦手なので今回はチーズバーガーでした。)最初お店に入ったときにいきなり「アロ~ハ~!」と迎え入れられたときにはどうなることかと思いましたけど、結論から言って、とてもおいしいハンバーガーを本当に久しぶりに食べました。けしの実ののったカイザーロールなバンズもめずらしいと思いましたけど、やはり僕を納得させてくれたのは牛挽き肉100%のパテとその厚みとその焼き加減…。うーん、カロリーなんて計算している場合ではない…というか「心身共に疲れきった身にはこれくらいの高カロリーなものが必要」(妻の談)なのでしょう、ひさびさに牛肉のうまみを口の奥で反芻しながらおいしいハンバーグにありつけたと思いました。(東京にもいくつもチェーン展開しているようですね、このお店。)

ハンバーガーといえば、実のところ我が国における「ベスト」を味わえる場所は東京・本郷だったのではないか…だから今本郷を離れて大阪で生活をしてみると、こちらの(例えば)ハンバーガー事情に厳しくなってしまっているのではないかと思うときがあります。本郷のハンバーガー屋さんといえば本郷4丁目のFire Houseなわけですが、このお店はテレビをはじめいろいろなメディアで紹介されいますから、今やとてもメジャーなお店になりました。僕の記憶が確かならば、このお店ができたのは僕が大学院に入り立ての頃で、それ以来本郷にいた頃にはちょくちょく通っていました。ハンバーガーにしてはちょっと高めの値段設定(…1000円はゆうに超える…)でしたが、ハンバーガーといえばマクドナルドやモスバーガーくらいしか知らなかった自分に、「ハンバーガーとは本来こういうものなのか…十分一食をかねるに足るものではないか!」とそれまでのハンバーガー概念を覆させたお店でした。ここのハンバーガー屋さんへ通って以来、ハンバーガーを食べる前にギュッと潰してから食べる癖がつきましたが、それは今日の
KUA 'AINAでの経験にも活かされています。

本郷といえばハヤシライスやカレーライスも懐かしいのですが、ときたま僕のなかで発症するハンバーグ中毒の由来は、本郷のFire Houseでの原体験にあるのかも知れません。

2005年11月22日 (火)

西洋史研究者のためのパソコン活用入門へのお誘い


ちょっと嬉しい話なので、まだ具体化していないけど一言発言します。関係者の方々、先走りは良くないというのでしたらご一報ください。この発言を即刻削除します。


1998年から2000年にかけてパソコンが西洋史学研究に定着した時期に、最初は今はオクスフォードにいる工藤晶人くんと共著で、その後は単著で東大西洋史学研究室の学生諸君が刊行している『クリオ』誌に『西洋史学研究者のためのパソコン活用入門』を連載したことがあります。西洋史学研究に必要とされるだろうパソコン利用の基本的な技術情報を整理した内容でしたが、日進月歩のIT技術の世界にあって今となっては大変古ぼけた内容となってしまいました。


これを現時点の内容を踏まえリファインするという企画の依頼を『クリオ』編集部から受けました。公私にわたり忙しいのは事実なのですが、こういった企画の仕事ならもう即座にO.K.です。個人的には趣味と実益をなかば兼ねる仕事で執筆そのものに全く苦を感じないという私的事情もありますが、自分の研究・教育の経験から得たノウハウを公開したうえで、共有あるいは批判していただける仕事は実に公益性の高いものと感じています。


新たな企画についてまだ頭のなかでは朧気ながらの構想しかありませんが、タイトルは仮に『西洋史研究者のためのパソコン活用入門〜情報の効率的活用をめざして(案)』とでもし、全体を大きく二部構成にわけて第一部を「情報インプット編(仮)」、第二部を「情報アウトプット編(仮)」としたいと考えています。前者の内容については、実のところ以前この企画で文章を書いた頃より劇的な変化はありません。むしろかつては玉石混淆状態で様々な実験的情報が存在していたのですが、今はそうした技術情報の淘汰がすすみ、本当に必要な技術が何か…すっきりと整理されたところにあると思っています。むしろ力点は後者にあって、情報のアウトプットをいかに効率的に、魅力的に行うべきか…そしてそうしたアウトプットの工夫こそが今の学界と大学での教育の現場に必要とされているのだという僕の考えは、このブログでも繰り返し主張してきました。


で、どうでしょう?例えば、このブログをご覧になっている皆さんのなかで、「こういう情報が必要だ!」だとか、「こういう問題にはどういう解決策があるの?」だとかご意見、ご提案がありましたら提示していただけませんでしょうか?(この発言へのコメントという形で。)関係者の皆さんの了解を得ないまま、このブログで先走ってこのことを発言するのは、このブログを今回の『活用入門』に利用してみようと考えたからです。つまり、今回の『クリオ』誌の企画の紙幅にちょっとだけ余裕があるので、このブログに寄せられた現場の研究者・教員・学生のみなさんの意見を活かした内容にしてみるのも、面白い試みだと思っているのです。インターネットという公共空間がつくりだす可能性をちょっとばかり試してみたいと思っています。『クリオ』編集部からの依頼としては、今回もできるだけ具体的に基本的情報を提示することが最大の要請なので、どんな初歩的な内容でも良いと思っています。皆様の知見が頂けるならば、誠に幸いなことと思います。


うん…かえすがえすも、こうした企画は実に楽しい。

カタルーニャの自治問題

スペイン国会では、カタルーニャ自治州の自治問題がホットな議論になっているようですね…。スペインの場合、それに属する州の政体は州単位の自治憲章で制定することができるようですが…ここにも現代にいきる「複合国家」の現実が内包されていますね。

無論J.H.Elliottの議論を嚆矢として、スペインは「複合王朝」論の典型として理解されてきたわけであり、それを構成する個々の国体の伝統に応じて、徴税権をはじめとする各州の自治権にも開きがあるわけです。(バスクとか、ナバーラとかは徴税権さえ独自らしい。)そしていよいよカタルーニャの議論へと至る…。僕個人の関心を惹いた今回のカタルーニャ自治州議会による自治憲章改正案の内容は、カタルーニャを一つの国(nación)と位置づけるという文言…。朝日新聞の記事によれば、現社会労働党政権の首班サパテーロ首相は、「国(nación)に代わるべき言葉は八つほどある」と言っているらしいけど…スペイン語知らないので何とも言えないのですが、そんなにあるの…ってことよりも、naciónという言葉を使おうとしている歴史的ニュアンスを理解しなければ、大変なことになりかねないですねぇ…っていうか、そもそもnaciónってスペイン語の語彙であってカタルーニャの人たちはカタルーニャ語でそれを語りたいのだろうに…。本音の部分で現在のスペインに占めるカタルーニャの経済的重要性という問題も大きいと思いますが、このような独立をも念頭においた議論では住民のアイデンティティに影響を来す国家理念のような建前の部分が大きく作用すると考えています。

スウェーデン史を勉強している僕がなぜスペインのことを発言するかといえば、僕が大きな影響を受けているルンド大学歴史学部のH.Gustafsson教授が提言している「複合国家」論は、もともとカリフォルニア大学バークレー校のP.Sahlins教授によるBoundaries: The Making of France and Spain in the Pyrenees (Berkeley : University of California Press, 1991)と題されたピレネーあるいはセルダーニャ地域の住民アイデンティティに関する研究から影響を受けているということもあって、なるほど例えばデンマークとスウェーデンの間に位置するスコーネ地方研究もかくあらねばならないと思い続けているからです。(日本ぢゃぁ、P.Sahlins教授の業績って、どう評価されているのだろう…僕はBoundariesしか読んだことないのですが、最近のUnnaturally French: Foreign Citizens in the Old Regime and After(Ithaca: Cornell University Press, 2004)なんかも面白そうですね…セルダーニャと考えれば、近世フランス史研究と理解して良いのか。)というか境域におけるアイデンティティの展開ということに関して言えば、Boudariesは必読書。

昔はG.Parkerの述べるがごとく、「軍事革命」論のことでスペインに注目せねばならないと思っていましたが、今や「複合国家」論の見地からスペインへ…。かえすがえすも近世史研究を志す者…例えスウェーデン史を志す者であっても、スペイン史を避けて通れません。

現代北欧地域論4・ 北欧文化講義II

大阪外大の皆さん、先週と同じ理由から今週も講義ファイルのアップロードはありません。先々週までに配布したファイルを持参して授業に臨んでください。今日の授業は、第一次世界大戦と北欧についてタップリとお話します。

それでは4時間目にいつもの教室でお会いしましょう!

2005年11月21日 (月)

恐るべし息子


先週末のこと。息子に「お父さんの仕事って何?」と、何とはなしに尋ねてみたところ、「千里中央で、ビール飲むこと…。」との驚愕の回答あり。3歳を目前にして息子は父の行動をよく見ている…と、息子の鋭い観察力に感心しながらも、一寸も否定できない自分の行動がそこで図らずも示されているのが辛い。無邪気とはいえ、ナイフのように鋭く父の心を抉る我が息子。「恐るべし子供」はこのことか…。大学の研究室も、パソコンのある遊び場だと思っているらしい…涙。

地域研究VIII

最初の授業でもお知らせしたように、関西外大での2学期の授業の後半戦は北欧における世界遺産を講義します。とりあえず次回の授業ファイルをアップロードします。

第7回 「北欧の世界遺産」 をダウンロード

この授業では、まず世界遺産とは何なのか?を解説します。が、その前にまだ北欧の都市論の講義が終わっていませんね。というわけで、今日の授業ではロスキレとルンドの話をしますので、どうぞ前回までの講義ファイルを忘れずに持参してください。

それでは、4時間目の授業でお会いしましょう!

2005年11月18日 (金)

電子黒板の魅力

今朝のNHKニュースで、今時の小学校での授業風景が特集されており、電子黒板(電子ボード)を用いた授業の様子を目の当たりにして愕然としました。(最近はテレビの天気予報などで、気象予報士が画面に触れたり、書き込んだりしながら、天気予報を伝えている光景を目にしますよね。要は、あれです。)

電子黒板にもいろいろとありますが、パソコンと直結させプレゼンテーションソフトを黒板上からインタラクティブに操作させる機能は、プレゼンテーションの飛躍的な向上への可能性を感じさせます。ネットに繋がっていれば、授業中にいろいろな情報を世界中から検索して紹介できますし、ローカルに蓄積されているマルチメディアファイルも、黒板にポンポンとタッチするだけで自在に扱うことができます。もちろん適宜書き入れたい内容については、その黒板の上の画面を手でなぞればすぐに画面に反映されます。

これまで僕は授業についてはタブレットPCを用い、プロジェクターでそれを映写する形式を実践してきましたが、設備環境が整っていない教室では、どうにもこうにも接続準備に時間がかかり、結局授業時間を無駄にしてしまうこともありました。電子黒板ならば、スクリーンなどない教室にも、これだけを持ち込めばすぐに用いることができます。また実際に黒板に書き入れた内容などをそのまま印刷したり、データ保存してネットワークで共有できるという点でもメリットは大きいですね。

で、これがいくらくらいするものなのか、早速調べてみたらかなり高価…インタラクティブ機能をもったものは、30万円くらいはしますねぇ…ということで、自らの授業への導入は断念。データを扱う際の即応性という観点からみて、効率的な取り回しのできる電子黒板は、授業改善や研究プレゼンなどに、大いなる可能性を秘めています。どうにかして、これを使える機会ができないものでしょうか…(と、ぼやいてみる)。

「みのもんた」の衝撃

昨日はのべ8つの会議を掛け持ち。当然すべてに出られるわけでなく、バッティングが3つあったので2つは断りを入れていたものの、請われて途中退席・途中出席を繰り返し、7つの会議に出席して、帰宅は午後10時すぎ。教育や研究のほかに忙殺されているのが今時の大学教員の一つの現実で、このうえ教育や研究を充実させるには「超人」になるしかない。学生のみなさんには自由に話しのできる時間が少なくなって誠に申し訳なく、そういう意味では実に本末転倒な話です。

「超人」といえば、昨晩帰宅してみるとみのもんたさんが大晦日のNHK紅白歌合戦で司会を担当するという衝撃的なニュースに遭遇。いまや「居眠り」さえもお家芸の一つとして全国に認知させてしまうほどの「超人」的仕事量をこなしているみのさんですが、NHKにも進出ということで、今様「超人」の称号はまさに彼に与えられるべきでしょう。僕は前々から、好きや嫌いといった主観的判断は別として、万人に遍く受け入れられている「長嶋茂雄」と「みのもんた」という記号をどう読み解くかが現代日本を理解する鍵になってくると踏んでいるのですが…、今は時間がないのであとで改めて論じてみましょう。

「みのもんた」のもつ魅力について個人的な感想をここでひとつだけ挙げるとするならば、それは彼がときおりふっと挿入させる沈黙(…それはクイズ・ミリオネアでは誇張された形で具現化され、笑いをとりましたが…)、あるいはしゃべりとしゃべりとの間の「間」にあるのだと思っています。確かに彼はアナウンサーあがりですから、時に確信犯的に「いやらしさ」を演じるようなしゃべりこそ魅力の根源ではあるのです。しかし100%の連続するしゃべりは聞き手を疲れさせるだけであって、実は余韻としての「間」があってこそ、しゃべりの効果が余韻のなかで増幅されるのだと僕は普段の講義のなかで感じています。そうした経験に基づけば、「みのもんた」の語りに見られる魅力は「間」の取り方にあるのだろうと思っています。

関西圏では大変メジャーなアナウンサーである宮根誠司さんが今朝の大阪ABCの『おはよう朝日です』でコメントしていたように、みのさんがNHKにでるとなった場合、しかもそれが紅白歌合戦という長丁場である場合、番組の途中でCMの入らない構成のなかでみのさんがどう振る舞うのか…僕流に言うならば、どういった「間」の取り方をとるのか、これは一つの見物になると思っています。

2005年11月17日 (木)

バラエティー番組にルンド大学登場

昨日のスウェーデン歴史ゼミはHarald Gustafssonやら、Karl Bergmanやら、僕がルンド大学へ留学していた頃によくして頂いた方々の名前が論文のなかで目白押しだったので、その論文の内容に思わず「萌え」てしまい、我を忘れて高度な議論を展開してしまった。(最近流行の「萌え」という言葉の使い方はこれで正しいですか?)今振り返ってみれば、ありゃ、konglomeratstatenだとか、primodialism modernismだとか、大学院生が聞いてなんぼの議論だったかもしれないと反省するけど、そうした議論にスウェーデン語でついてきてくれたゼミ生の皆さんには感謝申し上げます。いかにわかりやすく説明するかは、僕にとっても良い勉強の機会です。

ルンド大学つながりで話をつなげるならば、昨晩はゼミ終了後、速攻帰宅し、日本テレビ系列で放映されている『一億人の大質問!?笑ってコラえて!』をチェック。この番組のなかで「世界の日本語学校」というコーナーがあるのですが、昨晩はルンド大学の日本語学科が取り上げられていました。すでに古谷家のルンド・コネクションはこの情報を察知していたので、昨日会えた人にはこの情報を伝えておいたのですが、見られなかった人も多いのではないでしょうか。個人的には、ルンドそのものが紹介されることが日本では少ないわけで、映し出される映像の一つ一つが懐かしかったのですが、昨晩のテーマは「スウェーデンにおける日本語教育」。やはり直接法で、ばんばん日本社会や日本文化のことをテーマに日本語だけで会話や議論をさせる…短期間で会話を習得させたところで日本へ留学する…という過程を踏んでいるようですね。番組で紹介されていた学生の皆さんは、一人一人がいかにも「スウェーデン」の若い人っぽくてニヤニヤしながら見ていました。ルンドのことはあっという間に終わってしまいましたが、未確認情報だけどどうやら来週あたりにはスウェーデンにおける日本学の中心の一つイェーテボリ大学の日本語学科が紹介されるらしいです。(ストックホルム大学はないようです。)

うーん、正直に言えば、個人的に今回のルンドの扱い方は惜しいですねぇ…まぁ、日本語を勉強しているスウェーデン人をおもしろおかしくとりあげようとするバラエティー番組だから仕方がないのでしょうが。そもそも日本のテレビ番組でルンドが紹介されたことなんて、あとは『世界の車窓から』ぐらいしかないんじゃないかな。でも「北欧」のことを知ればこそ、実はルンドが北欧の歴史や文化に占める”地政学”的な重要性が本来見えてくる筈。日本語学習を離れたとしても、まとめようによっては「北欧の過去と未来を結ぶ町」とかいうテーマで、ルンドを舞台に北欧の歴史を30分ぐらいで回顧できるテレビ番組が十分に作ることができる…。どなたかこの企画を実現しませんか?応援します。(関係ないけど、ルンドに連れて行ったことのある息子は僕のとなりでこの番組を見て何か感想をもらすかと思いきや、父が咥えていた剣先イカを強奪して口に頬張り、「これ、おいしいねぇ」を連発。ルンドとは全く関係なく、酒飲みのDNAが引き継がれていることを確認してしまった…。)

2005年11月16日 (水)

NAXOS Music Library

昨晩は帰宅してみれば伊丹空港にAir Force Oneが降り立つ映像がテレビより映し出され(… 飛行機好きからするとその情景はかなり「萌え」ましたよ…って、最近流行の「萌え」という言葉の使い方はこれで正しいですか?…)、 伊丹空港と京都迎賓館を結ぶ空路の直下にある我が官舎の上空を轟音を上げて飛び去っていきました。子供と一緒に急いでベランダに出て、 それに乗って運ばれていったアメリカの偉い人のことよりは、「あのヘリコプターはなんだ?アメリカからMarine One (海兵隊が運用する大統領専用ヘリコプター)を運んだわけではあるまい…機影からするとシコルスキーだなぁ…在日米軍のBlack Hawkあたりか?」と飛行機マニアのノリだけで情景を眺めつつておりました。不謹慎で申し訳ない…というか京都迎賓館の回転率(…ん、 そんなにお客さんくるわけではないので、回転率という言い方に語弊がありますね…)って、あんまりよくなさそうですね。 威信をかけて作ったのにね。

そんなぁことより、昨日のニュースのうち個人的に大きかったニュースはNAXOS Music Libraryの配信開始の知らせです。 NAXOSと言えば廉価版のクラシックCDをがんがん出してきた香港資本のレーベルですが、 そのNAXOSがネット上で音楽配信を開始しました。このNAXOS Music Libraryの特筆すべき点は、 NAXOSがこれまで築き上げてきた資産を活用して提供される楽曲の多さ。マイナーな作曲家の楽曲まで網羅された配信リストは、 あたかも音楽の百科事典のようです。しかも音楽だけではなく、作曲家や楽曲の情報もしっかりと提供されている点、評価高いです。 これが月額1800円で使い放題というわけです。音楽学を専攻しているプロはもちろん、学校なんかにも開放すると良いんじゃないかな。 もちろんクラシックマニアにはたまらないサービスでしょう。マイナー好きな僕はこれまでもNAXOSのCDを多く購入してきましたが、 やはり玉石混淆というか、そうしたマイナー楽曲については資料的価値を別とすれば、「博打」 のようなところもあって正直失敗した買い物も多かったと思います。この配信事業で事前に楽曲チェックができれば、 そうした失敗もなくなります。

というか、純粋に考えてみて、なぜCD購入に向かわねばならないのだろう…。そう、現時点でのNAXOS Music Libraryに感じている問題は、あくまでもネット上でのストリーミング配信を前提としたサービスであって、 ローカルにそのデータを保存できないこと。(しかもフォーマットはWindows Media Audio…なぜにWMA…。 ときにWMAの場合、Macではきちんと再生されないことがあるんですよね、今回はなんとか大丈夫でしたが。WMAと聞くと 「Mac排除の数の論理か…」といつも思ってしまいます…。)うまい商売というか、ネット上の音楽配信とはそういうものかも知れないけれど、 最近はiPodをはじめとしてデジタルオーディオデヴァイスの隆盛甚だしいのだから、 是非ともローカルに蓄積できる可能性を開いてもらいたい。iTunes Music StoreでぼちぼちNAXOSレーベルの音源を購入できることは知っているのですが、 なにせiTMSのライブラリ検索機能はとても不出来で目的のものになかなか行き当たらない。NAXOS Music LibraryでNAXOSが所有する音源のデジタルデータ化が進んでいるのだから、 iTMSをはじめ積極的にデータを売り出してもらいたいものです。(是非一枚のアルバムあたり500円くらいの配信料で。) 隠れた名曲の宝庫ですからね、NAXOSは。自分だけの「宝探し」のような感覚で楽しめると思います。

2005年11月15日 (火)

近藤先生、やはり駄目です!


今回もやはり駄目でした…郵便局を使ったデンマークへの国際送金です。東京大学大学院の近藤和彦先生が主催されている掲示板で、近藤先生はドイツ(あるいはオイロ圏)との円滑な送金に感心されていました。(掲示板における発言1119〜1121を参照のこと。)しかしながら、ここ北摂と北欧との間の障壁はとても大きいようです。


先週末にやっとのことで時間をつくって、遅れに遅れていたデンマークへの送金に駆けずり回っていました。最初はいつも使っていた融通の利く大学の近所の小さな郵便局へ行ってみたところ担当者が変わっており、当初予定していた銀行口座宛て送金には相手口座のある銀行支店名とその銀行支店の住所が必要との一点張り…。そんな情報、先方の書店からの明細には一切書かれていない。この件については対応する人によって、まちまちで今までも銀行の住所が不明でも送金できていた経験はありました。(だって口座番号があれば十分じゃないですか。)


で、僕の同僚のデンマーク語の先生がたまたま同じ書店を利用していたことがあって、彼のご厚意で郵便振替口座を教えてもらい、再度挑戦。今度は北摂では割と大きい○○郵便局へ赴き、デンマークへの送金がやっとのことで完了したと思いきや、今日先ほど研究室へ着てみたらその郵便局から連絡があって、「あぁ、こりゃまたやばいかなぁ…」と思っていたら、案の定デンマークへの送金仲介の手数料分が支払われておらず、未納分をもう一度払いにきてもらいたい…当然書類の修正も必要とのこと。そう、デンマークにしろ、スウェーデンにしろ、昨年から直接送金することができなくなり、ロンドンを経由してからでないと送金できなくなったのです。その迂回分50DKK(デンマーククローナ)が今回支払われていないということ。


この不可思議極まりない迂回制度の意味するところ、全く理解できないのだけれど、いまだユーロ圏に属していない北欧諸国にはグローバル化も、ヨーロッパ統合も「向こう岸」の火事のよう…そのかわり19世紀以来の多角的決済システムの中核たるロンドンに個別的に繋がる構図にあるんだと実感…というかいつの時代の話だ?…21世紀だぞ、21世紀、北欧諸国の金融市場にグローバル化の波は到来してないのか、一体なんなんだ!結局、「西欧」(あるいは現代で言えば「ユーロ圏」的世界)から見れば、「北欧」ってのはかつてゲルツェンがいってたような意味での「向こう岸」(…ありゃロシアの話でしたけどね…カウンターアイデンティティとのしての本質は変わらない!)のまんまじゃないのか…、論者によっては地域間協力の先をいく、福祉体制の先をいく前衛的な実験社会とも言われる「北欧」だけれど、とどのつまりヨーロッパ世界の辺境でせまっくるしい「おらが村」を論じてるだけの後衛的な閉鎖社会なんじゃないか!というか、僕のこの憤懣の矛先はいったいどこへ向ければいいんだ?誰か、なだめてください…。


こちらもその場で確認しなかったのはいけないのですが、てっきりそれを含んだ上での送金手数料だと思っていました。ふー、これで郵便局からの国際送金に「何連敗」したのだろうか…。今回は○○郵便局の担当者の方のご厚意でその分を一時立て替えて頂き速やかに送金はしていただけることになりましたが、また時間をつくって郵便局へ行かねばならないというのは厄介。(最近、郵便局の方々のサービスはよくなっているので無碍に批判できないのですが、そもそも郵便局も対処に困るこうした国際送金制度の複雑さは地域文化研究の大きな障害の一つになっている!)もうこの件については、半ばあきらめかけています。というわけで、近藤先生、今回もやはり駄目でした。

現代北欧地域論4・ 北欧文化講義II

今日は講義ファイルの配布はありません。すでに最後(すなわち1990年代)までのファイルは完成させてあるのですが、実際の講義で話す内容と講義ファイルに乖離がみられるようになっています。あまり先のファイルまで配布してしまうと、折角印刷したのに忘れてしまうといったことが起きてくるでしょうから、今週と来週は授業の進度を見てファイル配布を調整します。11月中は戦間期から第二次世界大戦くらいまで、12月は第二次世界大戦以降の話に集中する予定です。それでは、今日の4時間目にお会いしましょう!

2005年11月14日 (月)

地域研究VIII

関西外大の皆さん!シラバスに従うならば、本日講義予定分の講義ファイルをアップロードします。しかしながら、今日の講義は前回配布した講義ファイルにあるロスキレの話になるでしょう。ですから、その講義ファイルをお忘れなく。

第6回 「北欧の過去と未来~ルンド」 をダウンロード

それでは、今日の3時間目にお会いしましょう!

2005年11月13日 (日)

北摂の秋

今年の史学会大会で催された公開シンポジウム『18世紀の秩序問題』、欠席が悔やまれます。それぞれの論題が大変興味深いのですが、個人的にとりわけ関心があったのは東京大学大学院法学政治学研究科の渡辺浩先生による『市場・「啓蒙」・秩序―「日本」の場合』。

事前告知を読む限り、18世紀日本の儒学界における「市場道徳」論は、まさに僕が最近取り組んできた18世紀スウェーデンにおける政治経済学の議論においてnation概念を拡張していく際の争点の一つ(例えば労働市場を外国人に開放した場合の信教問題など)だったわけだし、政府存立の正統性への問い(…これこそまさに僕の田舎で発展した水戸学の前期から後期への変貌を支えた議論だろう…そして正統性の根拠を歴史叙述に求めた水戸学はやがて19世紀の藩制改革を踏まえて幕末に実践されるべき「テクスト」を用意していったのだ…)は、まさに大北方戦争敗北後、「バルト海帝国」としての正統性を失った後のスウェーデンにとっても大きな問題だったわけです。「市場道徳」論と政府存立の正統性の議論は不可分の議論であった(と予想するのですが)ように、18世紀スウェーデンの場合にも「バルト海帝国」が失われてこそ認識されえた正統性への議論(あるいは「スウェーデン」そのものとは何かという問題設定)が「自由の時代」に政治経済学など様々な議論を用意し、やがて近現代以降の秩序意識を準備していくのです。

かくかくしかじかで、安易な比較は避けるべきですが、しかし自分の考えていることを国史の分野から刺激されることが十分予想される内容だっただけに、聞けなかったのが残念。いやぁ、昨年だったか、大阪外大の新入生向けのパンフレットに「なぜ自分がスウェーデンの歴史を勉強しているか」という文章を寄せたときに、それは自分自身の根本を司る部分の来歴を辿ることだと書いて、ついつい水戸学とスウェーデンという突拍子もない事例をあげて、まったくとんでもない飛躍した議論を展開させてしまっていただけに、今回の公開シンポジウムに行けなかったこと、悔やまれます。(活字化されませんかね?)

で、今日は久しぶりに家族と一緒の休日ということで、箕面公園を散策してました。息子はえらく活発で、散歩しても、散歩しても、全く疲れを感じない様子。箕面といえば、そこは阪急電鉄が戦前に大阪の奥座敷として観光地開発した場所であることはよく知られた話ですが、全く疲れた素振りを見せず…挙げ句の果てにもっともっと遊ぼうと言い出す息子を宥めるために、阪急箕面駅で来年の阪急電車カレンダーを買い与えました。(そのときにレジで対応してくれたアルバイトのお嬢さんがえらい美少女だった…と妻の談。僕はその場に立ち会っていなかったので、買い物にはしっかりとつきあっとくべきだと後悔しましたが、しかしなぜ妻は女性のはずなのに、女性のチェックにあんなに余念がないのだろう?)

で、折角の機会だったので、妻の希望で箕面では名の知られたイタリア料理やさんへ行ったのですが、この店の対応があまりに酷くて閉口。僕らが入っていったときに、すべてのテーブルに食べ終わったあとのお皿がそのまま残っていて、僕らが入ってからテーブルセッティングがようやくはじまるは、水差しだけもってきてコップをもってこないは、おまけでついてくるはずのパンも食べ終わる頃にようやく出てくるは…で、とにかく弛んでましたねぇ。いくら名が知られているからとはいえ、古谷家は二度と訪れないでしょう。肝心の料理もそれほどのものではありませんでした…というか気分がかなり害されていたからな、味どころじゃなかったです。

憤慨した後に帰宅してみれば、HMVよりだいぶ以前に発注していたクナッパーツブッシュによる1956年のバイロイトにおける『指環』公演と、最近出たばかりのツィメルマン&ラトル&BPO(なんと贅沢な組み合わせ!)によるブラームスのピアノ協奏曲1番のCDが届いていて、今、前者をチェックしながら仕事中。輸入盤のCDになると大部のものの場合よくプレスミスがあって音源とCDラベルが一致しないことがあるので、まずはそうしたところに注意を払いながら、『指環』をざーっと聞いています…とはいえ13枚あるので、そうすぐにはこの作業は終わらない。これの感想はまた後で発言しようと思いますが、最初に聞いたブラームスの1番協奏曲は今年下半期の最大の収穫かも。僕はツィメルマンも、ラトルも好きなので、そりゃ評価しちゃいますが、そんなの抜きでも良いですよ…雄々しさ満点のできです。

2005年11月12日 (土)

間谷祭と語学教育

毎年11月の第二週は大阪外大における秋の学園祭「間谷祭」、史学会における史学会大会が重なってしまうのですが、 大阪外大の専攻語に属する教員としては間谷祭のメインイベントである語劇(専攻語の学部学生が専攻語を用いて演じる劇)を観劇し、 それにコメントを寄せる慣行があるので、史学会ですばらしく興味深いテーマが用意されていた今年も間谷祭に参加しました。 (いや、ほんと、ギリギリまで悩んでいたんですよ…史学会関係の皆様、欠席申し訳ありませんでした。)語劇は学部2年生(すなわち専攻語の履修を開始して2年目) の学生が中心になって準備され、演じられます。大阪外大の着任以来とても感心するのは、 学生たちがたった1年と半年程度の履修状況にもかかわらずスウェーデン語やデンマーク語を流暢に用いて一つの演目をまとめあげるものだということです。 各専攻語に属する学生と指導にあたる外国人教員とのチームワークのなせる業かも知れませんが、 かつて東大の学部生時代にやはり秋の学園祭である「駒場祭」で演劇をした経験(…端役で俳優しました… 今でも文科三類時代の友人たちとのつきあいは深いのですが、きずなの理由の一つは演劇という共有体験があることは言うまでもありません…) から判断して、公演に漕ぎ着けるまでの作業は山あり谷ありの連続であったことが予想され、 しかも母国語でない点で実現している点は掛け値なしに大阪外大の学生のみなさんを誇らしく思います。

もちろんこれを純粋な演劇として見れば稚拙な部分が多いことは否めませんが、しかしこれが幅広い語学教育の一環であると考えた場合、 公演の言語もさることながら、それを実現に漕ぎ着けるまでの外国人教員とのコミュニケーションも含めて考えてみると、 相応の高い効果が得られているのだと思います。短期間で一定水準の内容を実現せねばならないわけですから、 これは学生の間に高いモチベーションが共有されていなければ不可能な話です。 また今年のデンマーク語の公演はアンデルセン初期の童話のなかでも解釈の非常に難しい『親指姫』の短縮版、 スウェーデン語の公演はアストリッド・リンドグレーンの前半生と『長靴下のピッピ』を入れ子状に絡めた内容と、両者ともに脚本はオリジナル、 しかも観客はスウェーデンやデンマークのことなど知らぬ者も多い訳だから、それはわかりやすく翻案されねばなりません。 今年の両専攻語の公演は実にわかりやすく内容が整理されており、しかもそのはしばしには 「これはスウェーデン社会のことを知っていなければ出てこない話」というような内容も盛り込まれており、 わかりやすさの理由は劇作りに携わってきた学生のみなさんが専攻語はもちろんその背景となる情報も理解できていたことの反映だと受け取りました。

大阪外大での語学教育は今が完璧というわけではなく、常に進化が必要と教員の誰もが感じていると思います。 この語劇もすばらしい機会ですが、しかしこれはあくまで一通過点にしか過ぎず、3~4年生になれば、留学の経験も踏まえて 当該の地域文化により肉薄するために必要な専門的な言語運用能力の醸成も必要になります。よく同僚の先生方とは 「外国では1~2年間程度の時間である程度の日本語会話力がつくのに…なぜ日本の語学教育は…」という話をしていますが、例えば、 僕の妻が通った移民のためのスウェーデン語学校(SFI)の場合、 使っているテキストはほとんど大阪外大で使われているものと変わりがないけれども、直接的にスウェーデン語だけで語りかけられる授業で、効果抜群でした。 そこでは一切例外は認められません。だって移民同士だと共通に会話できる言語はスウェーデン語に限られるわけですから。 スウェーデン語をマスターしないとスウェーデン社会に受け入れられないという切実なモチベーションもあるでしょうが、 しかし稚拙でも積極的にスウェーデン語で会話していく機会は語学上達の一番の近道なのでしょう。

例えば僕の同僚の先生は、大阪外大入学直後の勉学へのモチベーションが高い1年生の時期には、より多くの授業を専攻語の授業に充て、 日本人教員と外国人教員がコラボレーションする授業も多く設定するなどの改革案をもっていらっしゃいます。 あれだけの語劇を短期間でものにできる学生たちの潜在力から判断して、より短期集中的に語学教育を行うことは実に有効だと思います。 直接的な対話法が語学教育のみならず、地域文化の教育に必要なことは僕も常日頃考えているところでもあります。例えば、 歴史や地誌の授業をしていても日本語や英語では現地語のニュアンスが正確に伝わらない内容もあるのです。僕が大学院生に成り立ての頃、 バルト=スカンディナヴィア研究会で「Warfare StateからWelfare Stateへ」 と指摘したときに批判を頂いたとは以前の発言で紹介したエピソードですが、これは英語だからできる言葉遊びであって、 実際のところスウェーデン語では前者は"krigsmakten"とすべきだとろうし、後者は"välfärdsstaten"。 英語で示せるような一見イキな表現もスウェーデン語で示すところは全く異なってしまい、その内容は伝わらない。従って、 英語や日本語だけでは地域文化の根幹を伝えることは限界があり、最終的には現地語のニュアンスの襞にまで分け入って伝える必要があるのです。 だから僕自身のスウェーデン語の訓練もかねてスウェーデン語だけで授業をしてみたいという気持ちもあるけれど、難しいのは他専攻語の学生も受講している場合、スウェーデン語だけではだめなわけであって、 だからと言ってみながわかる英語にしてしまうと、英語とスウェーデン語は文法レベルでは一見非常に近しい言葉だけれども、 語彙の根本を支えている概念の話になってくると全く異なる文化環境で育まれた言葉だから、伝えたい内容も英語では伝わらない。非北欧文化圏で北欧文化を教授する場合、日本語で話そうと、英語で話そうとそれが根本で抱える問題は同じだ思っています。

語劇に触発され話が意外な方向へと発展してしまいましたが、大阪外大の学生のみなさんに伝えたいことは、 語劇で得られた経験を踏み台として、 今後は現地語を用いてスウェーデン文化やデンマーク文化の核心に迫るような方向で勉強を発展させていってもらいたいということ。 ただ日常会話ができるようになるだけではもったいない。あなたがたは箕面の学舎でが国でも数少ない北欧文化のエキスパートの卵としてスウェーデン語、デンマーク語の訓練を受け、 現地語の運用力を授けられているのだから、その自負心をもって勉学に励んでください。

2005年11月11日 (金)

妻の記憶力に脱帽

国立商店の鞄に使われている新しい化学繊維の話から、「ナイロンってどうつくられるのか?」という話が古谷家で持ち上がったものの、 根っから人文系な古谷家では、「ナイロンって化学合成でつくられる。」とか、 小学生でも想像できそうな程度の幼稚な答えが出て、妻も僕もお互いに納得しかけたところ、「いや、まった…」とばかりに妻がアーサー・ミラーの『セールスマンの死』 を突如として持ち出してきて、主人公が愛人にナイロンのストッキングを贈る話へ展開し、 あれは古きよきアメリカの幸せな時代を象徴させるような一つの品だったけれども、結局『セールスマンの死』 としてはアメリカ社会の道徳的退廃(あるいは崩壊)を予兆している内容だったのだ…ととんでもない方向へ会話が進んでしまいました。うん、ナイロンとアメリカ演劇、話のネタとしては悪くない展開です…しかしナイロンの製法については百科事典を読んでもよくわからないままです。

僕が最近記憶力の限界を感じているのに対して、妻の記憶力には脱帽する機会が多々あります。 とりわけ彼女は自分が読んだ文献のどこになにが書かれていたかを、異常なまでに正確に記憶している。『セールスマンの死』についてだって、 彼女はPenguin Booksから1961年にだされたペーパーバック版の"Death of a Salesman"を本棚からおもむろに持ち出し、そのp.58にある台詞を引用してナイロンの話をしてくれました。他にも例えば、 彼女がスウェーデンに滞在していたときに通ったSvenska för invandrare(移民のためのスウェーデン語学校) で使われた様々なテキストやそのときに彼女がとったノートのどこになにが書かれていたかを正確に記憶しています。従って、 彼女のスウェーデン語力は異常に正確なのです…。

ところが、これが歴史的な知識になれば、夫が歴史で食べているというのにまったくゼロに等しいのです。 たぶん自分の関心のあることにえらい効力を発揮するものなのでしょう。また彼女自身、「私は小学校の教科書さえ覚えている」 と豪語するものの、そうした記憶力が普段の生活、とりわけ社会的活動や経済的活動にまったく活かされないのはなぜなのか、 それが残念だとも言っています。(というか、それって自分の意思の問題では…?)

そこで、彼女のそんな記憶力の根源についてどなたか研究してみてくれませんか…と書いてくれと頼まれましたので、 記憶力の良い妻はきっとそのことを延々覚えていると思ったので、発言しました。

アナログへの回帰…あるいはデジタルとアナログの融合

で、次は手帳の話。個人的に大変お恥ずかしい話(関係者の方には大変ご迷惑をおかけしている話)で恐縮ですが、 最近処理せねばならない仕事や日程をすべて記憶できなくなってきました。正確には断片的に記憶はできているのだけれども、 その数が増えてきたので頭が混乱し、うまく整理できなくなってきたということです。これまで僕は備忘録やスケジュール帳、 住所録というものを使ったことがありませんでした。(念のためメモ帳は携帯していましたけど。) 大学院生の頃までのスケジュールなんてたかが知れていたし、大阪へ来てからも去年までは何の問題もありませんでした。 別にメモを取るまでもなく、頭の中で十分に記憶できる量でしか仕事やスケジュールがなかったということです。

一時期PDAにかぶれていた時期もありましたが、PDAは現状では「絵に描いた餅」であって、 今のようなPDAでは僕はあまり使えないと判断するに至っています。 確かに電子手帳としては備忘録やスケジュールを記憶できる量は膨大で検索も瞬時だったのですが、 いざメモを取ろうとするときに目的のアプリケーションを起ち上げ、新規の情報を入力するまでに時間がかかったり、 入力そのものが鉛筆で書くほどにはスムーズではなかったりで、結局僕はPDAを電子手帳としてではなく、 電子辞書としてしか使ってこなかったのです。

最近は学内・学外での仕事が増え、僕の頭で整理できる情報量ではなくなりつつあります。 幾度かダブルブッキングや仕事の締切を忘れるという失態を犯してしまったことを機に、そのような粗相をはたらくことのないよう、 生まれて初めて紙の手帳を使い始めました。紙とペンで情報を記述する形式は古典的ですが、即応性があり、そして確実。 PDAとは異なり瞬時にメモがとれますし、データが飛んで消去される心配もない。(もちろん手帳自体を紛失してしまえばアウトですが。) 今更ながら、携帯電話やPDAが普及した現在でも紙の手帳に固執する人が多いのか、その理由とその圧倒的な利便性を実感しています。 (何を今更…と思われないでください。純粋に感動しているのです。) ただしやはり最近のライフスタイルでは仕事で最も多く用いる道具はパソコンであり、 自らがプリントする紙も他から回ってくる書類もA4サイズの紙でやりとりされることが多いわけです。で、手帳の選定にあたっては、 紙の手帳にあるアナログな手段ならではの利点とパソコン環境で得られる情報の活用という二点を融合させるという観点から、超整理手帳を選びました。

超整理手帳は一般的な手帳とは異なり、 A4紙を四折りにしたスケジュールシートやメモシートが手帳カバーに挟み込まれているといった体裁をもった手帳です。 基本的にはA4紙の集積ですが、A4紙で打ち出した情報ならば、なんでもこの手帳カバーに挟み込める点こそは、 他の手帳と比較したこの手帳の最大の長所だと感じています。例えば、 パソコン上でワードやエクセルなどを使って作成中のファイルの一部をA4紙として印刷して、この手帳の一部として持ち歩くことができます。 PDAでもワードやエクセルのファイルは閲覧できましたが、やはり一覧して修正したいところに直接赤を入れられる点で紙に軍配があがります。 また、完成した論文やネット上にある常時携帯しておきたい情報は、A4四折りにフィットするように段組を換えて (そうしたソフトウェアが配布されています)PDF化し印刷すれば、この手帳で常時閲覧可能なシートとして挟み込んでおくことができます。 そして必要でなくなったシートはどんどん捨てていけばよい。 この手帳を構成している基本的なユニットがA4サイズのシートであるということは、 例えばスケジュールシートを適宜スキャナでパソコンにとりこむことができるということでもあり、 紙の情報をデジタル化することによって情報のバックアップも可能だということになります。

紙の手帳というものを使ったことがなかったので、どのようにスケジュールや備忘録を書き込んだらより美しく、 効率的なのかはまだわからないのですが、そんな悠長なことを言っていられる状況でもないので、とりあえずダダダ…と思いついたこと、 必要なことから書き殴っています。まぁこの超整理手帳は結局A4紙の集積にしか過ぎませんから、 結局それだけではフニャフニャとしているので、それを綴じ込んでおく手帳カバーに資金をつぎ込んでしっかりとしたできのものを使わないと、 紙がばらけたりする不安があります。(とはいえ、流石にWhitehouse Coxのような高級牛皮ブランドというわけにはいきませんが…そこまでは必要ないでしょう?)というわけで、 今回も登場と相成ったのが国立商店による超整理手帳のカバー。 この2学期から使い始めたカバンとの相性もよく(…そりゃそうです。僕の愛用している2Way Light Briefの内ポケットにフィットするように、この手帳カバーは企画されましたから… )、例によって軽量にして丈夫な化学繊維のカバーで機能性を重視するならベターな選択ではなかったかと思います。 (ベストかどうかはこれからしばらく使ってみないと判断できません。牛革の使い込むと味のでてくる風合いにも憧れたのですが…、 先立つものが…どうなんだ、やっぱ皮か。)それから書き込む情報の質に応じてペンの色を変えたり、 ときには消去も必要な情報については鉛筆も使えれば便利でしょうから、この手帳カバー用に付属させるペンとしては、PARKERのINSIGNIA Multi-functionを使用。 PARKERといってもINSIGNIAはとても安価ですが、流石に書き味は良い(… というかそれはペン軸の重みが心地よさを醸し出しているのかな…複合ペンって難しいですよね)。 今回は最近発売されはじめた黒軸のものを選びましたが、複合ペンとしてはなかなか良い線を行っているのではないでしょうか。

そんなこんなでアナログな情報管理の質を云々と議論するというよりは、 例によってまずは道具選びから僕のアナログ回帰は始まっています。(というかかつて紙の手帳を使ったことがなかったんだから、 回帰ってのはおかしいよな。)

2005年11月10日 (木)

スウェーデンのアクアヴィット

で、次はお酒の話。論文執筆と長崎出張の疲れが癒えぬまま、月曜日はとある仕事でテレビ局の方々とお話をしに、 一ヶ月ぶりくらいに梅田に出ました。折角の機会なのでお初天神にあるとあるショットバーに立ち寄りました。 このバーはプロフェッショナルに徹したすばらしいバーテンさんがいらっしゃって、 同じお酒にもかかわらずそれがたいそうおいしく飲めるお店で、僕にとってはとても大切な場所です。技術と知識もさることながら、 居心地のよい雰囲気つくりという点で配慮の行き届いたサービスを提供してくれるバーテンさんには、いつも脱帽です。訪れるたびに「あ! また通いたいな!」と思わせるサプライズが用意されています。例えば、それがこの間の月曜日ならば、 スウェーデンのアクアヴィットを用意して待っていてくれました。そのバーには以前デンマークのアクアヴィットを入れていただき、 そのときもうれしかったのですが、それは前回9月末にたまたま梅田で行われた入試説明会に参加した後、 大阪外大の職員さんの労を労うためにふるまって空けてしまっていました。 そこで空けてしまったデンマークのアクアヴィットはAalborgという銘柄(というかユラン半島北方の生産地の名前ですが)のものですが、 これは最近我が国でも比較的容易に入手できるようになりましたので、あまり珍しいものとは言えません。

ところが今回はスウェーデンのアクアヴィット…その名もO.P.Anderson。 これは我が国でお目にかかるのは実に珍しいアクアヴィットです。アクアヴィットの世界では、デンマークのAalborg、 ノルウェーのGilde(あるいはLøiten)、僕が研究しているスコーネのSkåne、 そしてスウェーデンのO.P.Andersonが四大銘柄としてとりわけ有名です。バーテンさんの話によれば、 Aalborgなどは大手代理店の酒輸入ルートにあって入手しやすいのだけれども、 今回はこじんまりと並行輸入している店から直接購入してみたとのこと。その心遣いが実に嬉しいじゃないですか! 僕の経験から言ってスウェーデンの純粋なアクアヴィット(…つまり香り付けにはディルというハーブしか使っていないオリジナルなもの…) について、我が国で飲むことができた銘柄は、スカンディナヴィア半島南端のSkåne産のスコーネ・アクアヴィットくらい。それだって、 かつて名古屋で研究会があったときに名古屋城を臨むホテルのバーで一度お目にかかっただけ。 だいたいスコーネはかつてはデンマークだったわけだから、今はたまたまスウェーデンに属しているけれども、 純粋なスウェーデン文化を湛えている地域と言えるわけではなく、その点でスコーネ・アクアヴィットはスウェーデンのものとは言い難い。 (そのときは、そこにいらっしゃった研究者の方々が、僕がスコーネに留学してスコーネを研究していることを知っていたので、 あえてそれを注文していただき、皆で乾杯!Skål !と相成った次第…あぁ、持つべき者はよき同志なるかな。)

一般的に言って、おそらくスウェーデンというのはビールも、火酒も本当にいろいろな種類があって豊かな酒文化のある国なんだけれども、 今はその仲買・販売はすべてSystembolagetという国営企業が管理しているから、外国への輸出もいろいろと制限されていて、 我が国からすれば「未知なる国」のままなのかも知れません。アクアヴィットの原義は「生命の水」であって、 これはスコットランドやアイルランドではウィスキーになのですが、北欧ではジャガイモを原料とした蒸留酒のこと。 シュナップスという言い方で知っている人も多いかと思います。(実のところ、 今ではとうもろこしなどが原料の主体に変わっている銘柄も多いのだけれど。)色は無色透明が基本で、 原料が異なるけれども東欧におけるウォッカなんかに近い。香り付けの段階で個性がでてくるスピリッツですが、 基本はディルで仕上げたものです。今回梅田にて味わうことができたO.P.Andersonは、その基本に忠実なアクアヴィットでした。

アクアヴィットの歴史は比較的新しく、名前自体はノルウェーのベルゲンで16世紀に初出するらしいのだけれども(… これは原料を特定できない…)、スウェーデンでは18世紀半ば、 デンマークでは19世紀くらいに製法が東欧あたりから伝来したというのがもっともな説。 そもそもジャガイモが北欧に普及したのも意外と新しく18世紀くらい以降だと言われています… 北欧の農民たちは外来の未知の作物に長らく拒否反応を示していたらしい。) 件のO.P.Andersonは19世紀半ばに活躍したスウェーデンの海外世界への玄関口であるイェーテボリ出身の酒造業者で、 そうしたスウェーデンにおけるアクアヴィット普及の歴史に欠かすことのできない人物。うーん、ベルゲンにしろ、イェーテボリにしろ、 オールボーにしろ、結局港町で発展しているんだなアクアヴィットは。今でこそ「北欧」の“国民”酒みたいに言われている酒だけど、 やはりもとは外来って説は想像に難くありません。

比較的新しく「創造」されたアクアヴィットだけれども、 その普及は爆発的で19世紀末には飲んだくれる労働者たちをどう扱うかということで禁酒運動がスウェーデン全土で展開されていくことになります。 この禁酒運動は近代スウェーデンの歴史のなかでは、地域を越えて全国的に展開され「国民」 意識を陶冶した政治運動の一つとしてよく紹介されます。結局禁酒法に結実することはありませんでしたが、 しかし国家が酒類を統制するという制度は紆余曲折を経て、現在のSystembolagetにまでつながります。そうなんだなぁ… スウェーデンにおける民主主義と「社会国家」の展開は、ある意味、 近代スウェーデンの酒文化への対応の歴史ということでも解釈できるんじゃぁないかと思っています…『酒・福祉・国家』 なんて面白そうなテーマじゃないですか、誰か研究してみませんか、応援しますよぉ。

バーテンさんがとても丁寧に出してくれるよく冷えたアクアヴィットを口に含みながら、そんなことを考えていました。 (ショットグラスにちょっと氷を触れさせてサッとガラスの温度を冷やした上に、キンキンに凍らせた… しかし決して凍ることはないアクアヴィットを給仕してくれるんですから…まず北欧人が見たら驚きの飲み方ですよ。) そのとき折角だからとアクアヴィットを振る舞ったテレビ局の方と僕の同僚はもちろん飲むのがはじめてだったのですが、 はじめて飲む人からは開口一番「さわやかな口当たりだ」とか、「胃腸薬のようだ」とかの感想を頂けます。その通りです! なんてったってディルなんてハーブは、かつては胃腸薬代わりに使っていた薬草なんですから。アクアヴィット確かに強い酒なんだけれど、 しかし飲んでいるとなんだか胃がすっきりしてくるような気がする…酒飲みにはたまらない酒。二日酔いは絶対にありません。 そのときに同僚から返杯にと勧められたヨード香の高いアイラ島のウィスキーはきつかったなぁ…ありゃ、アクアヴィットへの報復だったかな…。 生命の水に生命の水で応えたとしたら、なかなか粋な返答でしたね…って、月曜日から何をやっているのやら。

 

2005年11月 9日 (水)

長崎訪問


ここ一週間くらいで発言したかった内容、長くなりそうなので別項をたてることにします。



で、長崎訪問。先週末に長崎大学で開催された『軍隊と社会の歴史』研究会(略して軍社研)に参加するために、生まれてはじめて行きました。(日本人だとたいていは修学旅行とかでいった経験があるみたいですが、ぼくの高校には修学旅行がありませんでした
軍事教練の名残としての「歩く会」というのはありましたが。)はじめて行ったにもかかわらず、論文執筆と研究会参加を抱えていたので、ホテルと長崎大学を市電で往復しただけの二泊三日。出島も、グラバー邸も、浦上天主堂もまったく見ることはできませんでした。でも一年に数回お会いする軍社研のみなさんとは、旧知のしかもお互いをよく知った仲なのでざっくばらんだからこそ、言いたいことを自由に言える雰囲気に満ち、結果として刺激的なで参考になる話を多くうかがえました。



どこにも外出できなかったとはいえ、宿泊した
JR長崎駅の構内にあるビジネスホテルからの眺めはよく、山際が海面に入り込み港湾部が形成されている長崎の眺めは、北欧で言えばベルゲンのようであり、入り江の奥まった波も穏やかな湾部で水深のあるところこそが天然の良港がつくられる条件なのだと、妙に納得していました。それからJRの線路の行き詰まり(終着点)というのをはじめて見ました。長崎って、おそらくJR九州の西端なんですねホームで線路が行きとまっているのを見て、そんな姿は東京でも、上野でも、大阪でも見ることはできないので、変に感激かもめ号だとか、ソニック号だとか、うちの息子が見たら、狂喜乱舞するような車両も結構止まってました。



良かったのはそのビジネスホテルが安価だったわりにお風呂が広く、久しぶりに脚を伸ばして湯船につかれたことと、懇親会(これは二晩続いた
観光せずとも酒宴ははずせません)で食した地場の海産物の美味さとりわけ牡蠣と鯨。「あれれ長崎といったら、ちゃんぽんや皿うどんはどうしたの?」と思われる方々も多いと思いますが、僕も長崎市内滞在中にはすっかりそのことを忘れていて、あろうことか帰りの飛行機のフライト間際にそのことを思い出して、急いで空港のなかのお店でちゃんぽんを胃袋に納めましたでも美味かった。「飛行場のお店なんて無粋な。」と思われる方がいるかもしれませんが、帰阪後、長崎出身の同僚の先生に聞いてみたら「そこは美味いんだ」との回答を得て一安心。ここ数日間家庭サービスを犠牲にしてきたので、おみやげにカステラ、ちゃんぽん、角煮まんじゅうと長崎土産の三大定番をごそっと抱えて伊丹空港に降り立ちました。



いろいろとお世話くださった長崎大学の正本忍さん、そしていつも楽しい勉強の場を与えてくれてる軍社研のみなさん、本当にありがとうございました。

復活の狼煙


一週間ほど、あまりに忙しくて発言を控えてしまいました。とはいえ今の僕に時間の余裕ができたというわけではなく、あいかわらずの綱渡りな自転車操業の日々です。きっとこうして忙しいままに年をとり、やつれて、老けこんでいくんだなぁ…実感。白髪が増えまくり、この間はじめてお会いしたテレビ局の方に34歳だと答えたら、えらく驚かれた…。そんなに老けて見えるのか…僕は。(昔は大学の合格発表の季節になると、わざとサークル勧誘のひとたちの群れを通って、自分が新入生に見えるか否かで、見てくれの若さを判断していたのですが…東大にいた頃は博士課程に入っても、ずっと声をかけられていました。)どうやってこの発言のブランクを取り返そうかと思っているのですが、あまり意気込みすぎるとうまくいくものもうまくいかなくなるものですから、つらつらと思いついたことから順番に発言していくことで、ブログ系大学教員としての復活の狼煙をあげたいと思います。


それからコメントを頂いている方々にも、これから返答を差し上げたいと思います。即座に対応できず申し訳ありません。


まず、論文(の草稿…90%以下の完成度で出してしまいました…関係者の皆様、もうしわけございません…)脱稿。nation(ネイション)やfädernesland(祖国)といった近世スウェーデンにおける帰属意識の歴史的展開にかかわる論文で、そのおおよそは10月末のバルト研で報告したものです。そのときの発言もまだ未完なのですが、近世イギリス史研究で話題になっていたD. アーミテージの『帝国の誕生 ーブリテン帝国のイデオロギー的起源』を読んでいたら、なんだか似たような話の筋で、正直がっかり。こうしたテーマはもう誰かがやっていそうなので、脱稿とともに新しいテーマ…というか、昔からやろうとしていたテーマでいけないかと電撃的に模索中。(なんでも後腐れなく「切り替え」をスパすぱっとできるところが、自分のいいところでしょうか…オフィシャルな生活でも、プライベートな生活でも。買い物なんて、僕は10分も時間はいりません。PDAだって、使えないと思ったらをすぐ捨てる。そもそも僕のスウェーデン史研究だって…(恥ずかしいので略)。)


おそらく次のテーマはスウェーデン軍とスコーネ。先週末には長崎大学で開かれた『軍隊と社会の歴史』研究会に参加したのですが、そこで姫路獨協大学の丸畠宏太さんから伺ったドイツ第二帝政における徴兵の原簿とされた壮丁名簿と軍隊に入ってからの兵籍名簿の話は史料論として刺激的で、そこから読み止める情報量は膨大なもの。あとはどういう切り口で迫るかなのですが、例えば、スウェーデンの場合も近世以来こうした徴兵名簿の類がKrigsarkivetを中心に残されていることは知っているのだけれども、大学院生のこと勉強していた軍隊から次第に関心が離れていってしまって、まだそうした史料を直接使ったことはありません。スコーネの「スウェーデン化」→複合国家論→nationやfäderneslandといった帰属意識といった感じで研究が推移していたのですが、そこから原点に戻ってスコーネの地域性を軍隊関連の史料から何か読み取れないものかと、現在思案中。これは複合国家論を地域社会の視点から実証するものにしたいと考えるわけですが、なかなか難しいと思われることは壮丁名簿とか見ていても、そこにある情報からいかなる切り口で地域的特性を導きだし、解釈するかのか、そのパースペクティヴがなかなか思い浮かばないこと。徴兵は軍管区単位で行われているのにね。誰かヒントをください。


こんなところから自分の研究にも復活の狼煙をあげたいと考えています。

2005年11月 8日 (火)

現代北欧地域論4・ 北欧文化講義II

ご無沙汰しております。そろそろ発言自粛を解除しようかと思いますが、まずは大切な講義ファイルから。

来週(あるいは再来週)予定の講義ファイルをアップロードします。今日の講義では先週アップロードしたファイルを持参してください。

第18回 「現代世界の胎動(2)」をダウンロード

それでは、今日の4時間目にお会いしましょう!

 

2005年11月 1日 (火)

現代北欧地域論4・ 北欧文化講義II

来週講義する予定の講義ファイルをアップロードします。とはいえ、実際にこの分の話は再来週になりそうです…。

第17回 「現代世界の胎動(1)」をダウンロード

それでは、今日の4時間目に!

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