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2005年10月24日 (月)

バルト・スカンディナヴィア研究会での報告を終えて(1)

さる土曜日は、早稲田大学にて開かれたバルト・スカンディナヴィア研究会で報告をしました。 『近世スウェーデンにおける自己理解の相貌~nation概念とfädernesland概念の展開~』という題名で、 近世スウェーデン王国における帰属意識を示すnation概念の変化と複合的な帰属意識の統合軸たるfädernesland概念との関係を論じました。 90分以上もかかってしまった大報告にもかかわらず、最後の質疑応答まで熱心に参加いただいたバルト研の皆さんには心から感謝します。 最近公務で忙殺されていたということもありますが、ここ2年ほどの勉強の成果を網羅させた報告という関係上、 当初予定していた史料文の提示を割愛する箇所も多く、「プレゼンに内容の盛り込みすぎはいけない(… プレゼンの内容は念頭に置いていることの8割くらいにスリム化させるべきだと思っています…)」ことをまずは反省する次第です。 (今回の報告は先端的な「飛び道具」もなしの古典的手法によるプレゼンでした。)

実際に批判はでてこなかったのですが、きっと昨日集まってくれた優秀な大学院生のみなさんのなかには、 史実に即した実証の過程が曖昧であった点に不満を持たれた人もいたのではないでしょうか。もちろん具体的な史実や、議論の組み立て方、 問題関心の建て方などは研究会で勉強すべき大切な点ですが、解釈がどういう過程をもって論証されているのかも、 院生のみなさんの勉強の参考にすべき点でしょう。ですから、土曜日の報告ではそうした点をもっと打ち出せればよかった。最初に「先生」 と紹介されてしまったからかもしれないのですが、一般的に言って「研究会」の場では「学生」と「先生」との間に線引きなど忘れて、 志を同じくしている者同士、どしどし批判や疑問をぶつけていいのだと思う。「研究会」 の場では僕も一人の学徒として参加しているわけであって、むしろ参加者のみなさんから「教えを請う」ことに期待しているのですから、 昨日もがんがん批判されるべきだったと思っています。とはいえ、昨日の報告では問題設定と結論はしっかり整理し、 たとえ詳細な内容を伝えられなくても適宜議論の流れを小括しながら話を進めたのが功を奏したのか(…あとは話術ね…)懇親会の場などで、 皆さんに僕の考えの大凡は伝わったいたことが確認できたので安心しました。

忙しい日々が続いているとはいえ、この研究会でこの内容を報告させてもらう機会を得て「よかった」と思っています。 昨日の例会に参加していただいた北欧史研究者の皆様から頂いたご批判・ご助言から、今の僕の研究に必要なことが何か明らかになりましたから。 昨日の報告は今準備している論文の草稿をもとにして行いましたから、まずは何が無駄な部分で、 何が強調されるべき部分かがクリアになりました。近々脱稿予定の論文構成をスリム化するうえで、貴重なアドヴァイスを頂いたと思っています。 またこの研究は『スウェーデン・アイデンティティの歴史的展開』 というテーマでいずれ仕上げようと考えているモノグラフについてのマニフェスト的内容と自分のなかでは考えているので、 今後何が研究されるべき内容かの見通しも朧気ながら見えてきた気がしています。研究会の場でも言いましたが、 たぶん19世紀のスカンディナヴィア主義くらいまで行かないと、落としどころは見えないと思っています、このテーマ。

思い返せば、僕がこのバルト研で報告させてもらった最初の機会が今からちょうど10年前で、 『近世スウェーデンにおける軍事国家の変遷』というタイトルだったと思います。あの時も大報告になってしまったかと記憶しているのですが、 その時の報告も、昨日の報告もともにお聞きくださった早稲田大学文学部の村井誠人先生からは、 僕がこの10年でだいぶ変わったとのコメントを頂きました。スウェーデン史研究をはじめた頃の僕を、 非スウェーデン系のスウェーデン史研究者としては死してなおいまだに影響力を持ち続けているMicahel Robertsの権化か… と先生は思われていたらしい。確かにそうでしたね…10年前の僕は。で、10年前の報告のときに村井先生から「Warfare StateからWelfare Stateへ」などという英語でしか表現できない言葉遊びのような「上滑り」 の結論はよくないと助言を頂いたこと… これは個人的にも強く記憶していたことなのですが、昨日の報告の際にもそのエピソードが紹介され、 それに比べると今の僕はひとつ、ひとつの北欧語の示す概念に慎重になっているとの感想を頂きました。

10年前に頂いた村井先生のご助言は僕のなかでは本当に大きな意味を持っていて、 それに対して自分がどう変わるべきか、そして一言で言えばスウェーデンあるいは北欧の実態により即した具体的な論考をいかになすべきかを模索してきたのが、この10年だったかも知れません。 実際にルンド大学に留学した体験やほかの分野の優秀な研究者の方々から頂いた示唆も大きかったのですが、 それ以上に大阪外大での教員として経験が大切な意味をもっていると思います。スウェーデン語やデンマーク語の扱いに慎重になり、 スウェーデン語やデンマーク語の伝える情報に密接に迫ることから、 スウェーデンやデンマークに懐胎する地域文化の具体像に接近しようとする日々ですから。 かつては歴史学研究にある普遍性を指向する性格に魅了され国家論を始めましたけど、 大阪外大で働き始めてからはそうした歴史学研究の研究態度を一方で堅持しながらも、 他方では地域文化研究にある個別性を重視する手法にも魅了されています。普遍性は個別性に裏付けられねばならない一方で、個別性はただの 「お国自慢」で終わることなく普遍性に寄与する議論でなければなりません。こうしたときに今僕が取り組んでいる『スウェーデン・ アイデンティティ』というテーマでは、スウェーデン固有の歴史と「バルト海帝国」 という歴史を包摂して何かマクロな枠組みを示そうとしたときに、nation概念だとか、fädernesland概念だとかいった、 思想史的な手法が有効だと考えるに至っています。(続く…。)

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