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2005年9月13日 (火)

泰然自若

世の中忙しない事が次から次へと起こり、ともすればそんなしがらみに絡まれて自らを見失いがちになりそうな今日のこの頃です。そんなときは今まで自分が勉強してきた歴史学のことを振り返ります。歴史学においては何気ない些細なことに意味を見出す鋭敏な感性は大切ですが、そうした感性を支える自分がしっかりと保たれていなければ、個々のディーテールの持つ意味づけ(…意味の遠近とでも言うべきか…)も結局できずじまいになってしまいます。歴史学が他の学問と多少なりとも異なる性格は、翻ってそれが自己陶冶の学でもあるということに見出せるでしょうか…。勉強したことが翻って今を生きる自分自身を鍛えることにつながるということです。生活の場においても大局を見据える自分があってこそ、個々のディテールもなんらかの関係の網をもって浮かび上がり、解釈できるようになるのだと思います。世の中の雑音の一つ一つも直に接していてはそれに足をすくわれそうになりますが、泰然自若たる自分があれば常に冷静でいられるような気がするのも、様々な人間の営みを対象とした歴史学を勉強してきた一つの成果なのかもしれません。

以前、大阪外大の卒業生から、みんなで一緒に勉強し発見した事実の一つ一つについて、学生たちは毎年卒業していきますから、長い目で見てみるとそれらが蓄積される場所は「僕」という人間だけであり、「僕」がそれを活字化しない限り(例えば「僕」がパッといなくなってしまったら)せっかく知り得た事実も消えてしまいますね…と指摘されたことがあります。その指摘には、みなさんのDNAは「僕」という人間を媒介として後輩の学生に引き継がれますと答えましたが、その裏では、学生とともに様々な知験が蓄積されていくことで自分が鍛えられていく道程が僕自身のなかでは楽しみなのだという気持ちも少なからずありました。翻って考えてみれば、自分が失われては学生のみなさんが伝えてくれたDNAを伝えることもできないわけですから、世の中が騒々しくなっても悠々と泰然自若たる自分を維持する必要があります。歴史学はそうした人間性を鍛えてくれる学でもある… 何を言っているんでしょうか、今日の僕はフゥーー!(HG)…独り言もたまにはお許しください。

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