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2005年9月

2005年9月30日 (金)

デンマーク歴史ゼミのみなさんへ!

今日から2学期が始まります。デンマーク歴史ゼミに参加しているみなさん!5時間目に共同研究室でお会いしましょう。2学期の予定を話し合いましょう。

2005年9月29日 (木)

答えのない質問


僕の敬愛する音楽家レナード・バーンスタインはいろいろな業績を残して亡くなりましたが、彼がとりわけ力を入れていた教育活動のうち、これまでその全貌が我が国では明らかではなかった『答えのない質問』がこの年末にDVD化されるということを知りました。


バーンスタインの教育活動と言えば、まずはCBSで放映されていたYoung People's Concertというテレビ番組が知られているわけですが、これは子供を対象とした番組であり、(時に子供には高級すぎる表現がでてきますが)大変わかりやすいのは良いのだけれども、より抽象的な高度な音楽論には至っていません。(むしろ本来抽象度の高いクラシック音楽を、子供にも理解できるように説いている点、このYoung People's Concertの評価が高いのでしょうが。)


これに対して今回DVD化されるThe Unanswered Questionは、バーンスタインが(チョムスキーの影響を受けてというのがもっぱらの話ですが)ハーバード大学詩学講座(…うーん、なんてアリストテレースな、形而上的な響き…詩学ですよ…し・が・く…)で講義したときの内容を整理したもので、かつてはみすず書房よりそのテキスト部分が『答えのない質問』という邦題で訳され出版されていました。確か、みすず書房のものにはLPレコードがついていたと記憶していますが、その講義の内容は「音韻論」とか、「統語論」とか、「意味論」とか(…そういえば『答えのない質問』で、僕は言語学のそうした議論をはじめて耳にした覚えがあります…)…そんな言語学の枠組みを援用しながらの音楽論だったと思います。(当時はちんぷんかんぷんでした。)みすずの本は僕がモノを買えるようになった頃にはもう入手不可能だったので、今に至るまで買うことはありませんでした。ですからバーンスタインのハーバード大学での講義の内容自体、その詳細をこれまできちんと理解してきたわけではありませんでした。


待てば海路の日和あり…とはまさにこのことか。(なかば忘れかけていたのだけれども)、その講義がテキストのみならず、映像も含めてDVD化されるという知らせに思いがけず接したのです。高校生の頃、図書館で分厚い『答えのない質問』を手にしたとき、まさか今の自分が言語学者とも交流のある大学教員になっているとは思いもよりませんでしたが、今なら今でバーンスタインがどのように大学で講義をしていたのかを知ることで、自分の講義スタイルの材料にしたいなぁと考えてしまいます…ちょっとうがってますか?…でもYoung People's Concertは結構参考になってますよ。音楽(ボストン響との録画らしい…)もアイブズの『答えのない質問』とか、ストラヴィンスキーの『エディプス王』とか興味深いのですが…まぁ、音楽はおまけで…ということで。


それにしても、前の発言で紹介したGränsbygd under krigにしろ、このThe Unanswered Questionにしろ、知的好奇心をくすぐるなんと魅力的なタイトルでしょうか

2005年9月28日 (水)

"Gränsbygd under krig(戦時下の境域)"

ハイテンションで仕事を続けられるのは二日が限度なようで、今日はちょっと寝てました。もとより二晩ほぼ徹夜して過ごし、その翌日長く寝るスタイルが僕のベストパターンです。一般的に人は昼夜だとか、24時間だとかいう指標に絶対的に拘束されすぎのような気がするのですが、人によっては体内時計は決して24時間で回っているのではなく、世の中の習慣や制度が24時間で回っているから、それに合わせざるをえない場合もあると思っています。で、眠りから覚めてみると仕事関連のメールが一気に増えていて、一気に意識がさえわたります。

今日は起きてみたら、Uppsalaの古本やさんからLund大学歴史学部教授Eva Österberg先生の博士号授与論文Gränsbygd under krig(1971,Lund)が届いて、これでまた目が覚めました。この研究は16世紀中葉にあってデンマークとスウェーデンの国境部に位置していたハッランド(スコーネの北西に位置します)地方の経済・行政状況の実態や人口動態などを詳細なデータをもとに実証したものです。1960年代末から70年代初頭という時代状況にあって当時としては全く揺るぎのなかった「スウェーデン」といった概念に、地方の独特な状況、とりわけ境界部に住む人々の自己意識の諸相を提示することにから、再考を迫った記念碑的労作です。

この研究以降、スウェーデンでは地方史研究が単なる郷土史の関心を超えて、より実態に即したスウェーデン像を析出する過程で積極的な位置を占めるようになりました。結局、「経済」や「戦争」といった「スウェーデン」を単位とした発想では、「スウェーデンとは何か?」といった問題には全く答えが出せないということに、スウェーデンの研究者が気がついたと言っても良いのかな。(…実は欧米の歴史学界で重宝されているスウェーデン像とはいまだに戦争や経済をいった指標に立ったスウェーデン像なのですが…)やがてこの流れは冷戦終結とヨーロッパ統合という状況のなかで、スウェーデン人自身が「スウェーデンであること」を再考せざるをえない流れがでてきたときに決定的な動向になりました。例えば、今のスウェーデン歴史学界では「スウェーデン」意識の歴史的再検討はホットなトピックの一つとなっています。

僕自身ルンド大学への留学を機に、スコーネ地方の研究を軸に「スウェーデン」意識とは何かという問題に取り組んでいますが、それは直接このÖsterberg先生以来の(主にデンマークとの境域にあるルンドで懐胎されてきた)議論に与しているということです。もちろんÖsterberg先生の前にもスコーネやハッランドなどの今で言う南スウェーデンを研究してきた蓄積もあるわけです。(…例えばÖsterberg先生の先生にあたるJerker Rosen先生のように…)しかし両者の決定的な違いは、地方を考える前提となる思考の枠組みが何の疑いもなく「スウェーデン」だったのはRosen先生の世代まで。Österberg先生以降の世代は(…うん、彼女もやはり68年世代のひとりということもあるし、近世研究のほかに近現代の女性問題も研究している女性運動の闘志のひとりということもあるのだが…)、地方を見る際に、はじめから好事家よろしく地方の実態に迫ろうとしているのではなくて、地方を見る際に前提とされてきた「スウェーデン」という大枠を批判的に再検討しようとするより普遍的問題に、地方社会という個別的問題から迫るようになったと言えるんです。

正直に言うと、ぼくもかつて留学する前はこのÖsterberg先生の研究を読んで、「今更、中央と地方の行政関係を研究してどうなるの?」とか短絡的な感想をもっていたのだけれども、実際に「スウェーデン」に深く接するようになると、この研究が「スウェーデン」という偶像を破壊するようなインパクトを持っていたんだと思うようなりました。(もちろんルンドで直接彼女に会って、彼女のゼミナールに参加させてもらって、彼女の人柄に感動して、一から勉強しなおしたということもあるんだけれども。彼女と会うと決まってオペラの話をしていたのが懐かしいですねぇ…僕が「R.シュトラウスが好きです」なんて言ったら、「あら、珍しい」と返してくれた…。)おそらく今スウェーデンの歴史家のなかでもっとも国際的に知名度のある研究者であり、スウェーデン国内でもっとも尊敬されている女性のひとりです。日本の研究者でも国際的な学会(国際歴史家会議など)に参加されると必ず彼女に会うんじゃないかな。かつて城戸毅先生から「彼女にお会いしました」と伺ったことがあります。

寝起きだからでしょうか…本当はこの研究書が発注してから5日で手元に届いたこと…そのあまりのはやさで目が覚めたことだけを書きたかったのですが…、(こんな感じで、「スウェーデン史研究の必読書10」というシリーズでも始めましょうかね…需要があるのでしょうか。)こんな稀覯本を(在庫さえあれば)こんなに短期間で買えるとは、すごい世の中になってしまいました。

2005年9月27日 (火)

ドーパミン放出中

今学期最初の授業を関西外大で終えました。最近自分の研究と公務で鬱々とした日々を過ごしていたのですが、授業をしてみるとなんだかそんな鬱な気分が一気に晴れてしまいました。(関西外大のみなさん、PDFファイルのほうは少しお待ちください。)そんなこんなで本来ならおよそ二ヶ月半ぶりの授業だったわけで疲れていても言い訳なのですが、なぜか気分が高揚していて机に向かっています。

宿舎のある豊中から関西外大のある枚方までは片道一時間ちょっとの小旅行なのですが、iPod nanoが加わって時間の過ごし方がまるで変わりました。やはりPodcastingを利用してスウェーデンの今を伝えるニュースや討論番組を聞けるのがよい…。ついつい集中して聞いちゃって、帰り道では京阪電車の萱島で乗り換えなきゃいけなかったのに、思わず守口市まで行ってしまいました。

(というか枚方名物の「ひらかた大菊人形展」…96年も歴史があったのに今年で終わるらしいですね…そりゃ一世紀もたてば娯楽の嗜好も変わるでしょう…。やめようと決めた人たちは英断ですね。枚方といえばこの菊人形祭りが開かれる枚方パークですが、そもそもこの遊園地の起源がこの菊人形展にあるとは知りませんでした。京阪電車に乗ると、いろいろなことを勉強できます。)

Podcastingについて今日の授業でも雑談したのですが、帰り道ではスウェーデンの討論番組を聞きながら、彼の国と日本の放送文化の違いなど、ぼーっと考えたりしていました。スウェーデンだと自国の放送局で制作されている番組は、圧倒的に時事ネタ(政治・社会・文化あらゆるジャンルで…)について大人が「だべり」まくるような番組が多いんですよ。日本だとなかなかそんな番組がない…(「徹子の部屋」だとか、日曜日の朝とかにNHKとかでやってるような対談番組みたいなもの。)

それに対して日本ではバラエティ番組と称されるランチキ騒ぎが圧倒的に多いのだけれども(…まぁ、そういうのも個人的に嫌いではないけど…しかしなんですなぁ、昨日の授業で大泉洋さんが(たぶん『水曜どうでしょう』での企画だったと思うんだけど)自動車でスカンディナヴィア半島を北上し北極圏まで行ってたよっていう話をしたら、完全に滑ってしまいましたねぇ…。北海道を背負って立つタレントさんだけど、最近は全国区になったかと思ったのですが…やはり雑談ネタとしては、不適切でしたか…反省します)、もちろんスウェーデンにも一部そういう番組はあるけれど、しかしそれは日本のように頭の中「空っぽ」状態の番組ではなくて、かつての『モンティ・パイソン』のように諧謔に満ちた…笑うには「教養」を必要とする番組なんだな。(ただし『モンティ・パイソン』のような時に「形而上学」的主題にまで「挑む」笑いではなく、スウェーデンの文化や社会の特殊性をネタにするような「村社会」的笑いなのですが…。)

iPod nanoについては表面のガラス部分が傷つきやすいとか割れやすいとか問題になりつつあるようですが、Podcastingで配信される番組を聞いていたらなんだかいろいろなことに想像が巡るようになって(…んー、授業のあとに放出されるドーパミンの効果なのかも…)、なんだか楽しくなってきました。関西外大でPodcastingの話をしたら、関心を示してくれた学生が意外と多かったように思います。関心のあるみなさんは、参考までにこのページを見てみると良いのでは?わかりやすくその内容が整理されています。

2005年9月26日 (月)

関西外大のみなさんへ!

関西外大外国語学部で開講されている共通教育科目 地域研究VIII「北欧の文化と社会」は、今日26日の三時間目から二学期の授業がはじまります。二学期から受講される学生のみなさんもいらっしゃるでしょうから、(つまりその場合、このブログの存在も知らないわけですから)今日の授業は二学期の授業の計画概要を説明した後、一学期の授業で触れた「北欧文化圏」を理解するうえでの基本的な枠組みを紹介します。今日の授業で使用するPDFファイルについては以前同様パスワードをかけたうえで、後日このブログにアップロードします。

またみなさんにお会いできることを楽しみにしています。それでは三時間目に!

2005年9月25日 (日)

iPodの効用の続き


前の発言から、ついつい長い眠りについてしまいました…というのは冗談で、実のところ休日返上で大学の営業活動に勤しんでおりました。それは良いとして、iPodの感想の続きを…。


まずiTunes Music Storeの「恐ろしさ」について。これは、音楽の聴き方の根本を変える可能性を感じたので実に「恐ろしく」なりました。iTunesをいうソフトウェアを使うと、あっという間に欲しい音楽を探し出し購入できますから…「危うし、レコード屋さん」。Apple社もなかなか商売上手で、僕はApple Storeでしか今まで買い物をしたことがなかったのだけれども、そこに登録されていたクレジットカード情報がiTMSにも連動していて、なんだか(本当に!)あっという間に何の苦もなく(サクっと)音楽を買えてしまった…これではお金の使いすぎが心配。iPodとiTunesの連動によるシンプルな操作体系は実にスマートな音楽生活を可能にするけれども、同時に大変「危険」な臭いもします。


iTMSデビューにあたっては、まずは正直にいつも手放さず聞いておきたい音楽ということで、躊躇なくバッハの『マタイ受難曲』とワーグナーの『指環』を購入してみました。(ちっちゃなiPod nanoと音楽史上に残る大作というギャップがいいでしょ(笑)…ともに抜粋版ですけど。)選定の基準は「スウェーデンに添い遂げる!」というテーマのもと二人のスウェーデン出身の名歌手アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(『マタイ』のアルト・アリア)とビルギット・ニルソン(『指環』のブリュンヒルデ)で選んでみましたが(…恥ずかしながらショルティ&VPOの記念碑的『指環』を購入したのはこれがはじめてです…)、試しにハードディスクに取り込んでおいた今年発売されたバルトークのピアノ協奏曲集も含めると、1960年代初頭(『指環』)、1980年代末(『マタイ』)、2000年代初頭(バルトーク)の録音ということで、クラシック音楽の録音技術を四半世紀ずつたどる結果になりました。


(ただしクラシック音楽に関しては、まだまだ登録されている音楽の数が少ない(例えばユニバーサルミュージックの音源のはずなのにリヒターの『マタイ』など見あたらなかった)のと、楽曲を検索する手段が非常に不出来で目的の楽曲になかなか行き当たらない(例えばショルティの『指環』など思わず見過ごすところだった)という問題が現状のiTMSには残されている気がします。)


『指輪』はステレオ録音初期のものですから、iPodなんかで雑音のない音源に直に接してしまうと録音の粗さがよくわかります。今後アナログ録音された音源はどんどんデジタル処理して保存しておかないと、マスターテープの劣化がとともに歌手たちの歴史的な歌声も残念なことになってしまいかねない。文化財保護のひとつのかたちとして、アナログ音源のデジタル保存もありかなと思います。ガーディナーの指揮する演奏は優等生すぎてあまり面白くなかったけど、デジタル録音の革新性を感じたのは『マタイ』。今聞いても遜色のない明瞭な音空間が再現されているので、こうした録音手法が広まった1980年代は録音技術史上一つの画期だったこと、そしてデジタルデータの普遍性は時代と空間を超えるものであることを実感しました。


話がiPodから逸れましたので、もう一つだけiPodで感心したことを挙げてこの発言を閉じましょう。それはPodcastingについてです。PodcastingはiTunesにリアルタイムにため込まれる放送番組で、番組の配信者が新たな録音を提供すると自動的にそれをiTunesが取り込む仕組みになっています。iPodと連動させれば、iTunesに溜め込まれた番組を簡単に出先に持ち出すことができます。外国語大学で教員をしている立場としては、これは(誰もが容易に想像できるように)語学の手段として有効活用できそうです。試しにスウェーデン語関連の放送をチェックしてみるとSveriges Radioだけでも多くの放送が無料で配信されています。これを切り出してiPodで持ち出せば、通学・通勤の時間にいつもスウェーデン語に耳を慣らしておくことができるわけです。


ネット上で配信されているストリーミング放送をエアチェックする方法が意外と難しいものであることは以前発言したことがありますが、このPodcastingならば実に簡単に世界中の様々な言語による放送を高音質のまま切り出して持ち出すことができます。この技術はいずれ動画配信にも応用されていくでしょうから、そうなるとスウェーデンでしか見ることのできなかったニュースや討論番組などにも接することができるようになるでしょう。衛星放送を使ってみても未だにスウェーデンのニュースなど日本で見られる機会はないのですから、Podcastingが刺激する情報のグローバル化のインパクトは大変なものだろうと想像します。衛星放送なんて設備投資に莫大な出費が必要になるけれど、iPodならばshuffleで1万円そこそこ、nanoで2万円そこそこの出費で世界中の情報が得られるようになるのですから現状でもっとも安価な「越境」の手段ではないでしょうか。


(ちなみに学生・教員のみなさんがなるべく安価にiPodを購入したいならば、AppleStoreの教育機関向けプログラム(AppleStore for Education)を活用しない手はありません。総じて1割程度市価より安く購入できます。)


iPodについては、ほかにもファイルストレージとしての機能やボイスレコーダーとしての機能、OutlookやiCal/アドレスブック(これはMacOS Xデフォルトの機能)と連動する住所・予定閲覧の機能など、およそ日常生活で必要になる機能が網羅されています。「母艦」となるパソコンが必要にはなりますが、シンプルな操作体系ゆえにiPodがもつ可能性はただ音楽を聴くだけではなく、ユーザーの創意工夫に応じて無限に開かれていると感じました。「母艦」が高価で用意できないというならば、ユーザーアカウント別に環境設定の変えられる大学などのクライアント環境にiTunesを導入して「母艦」とし、iPodだけ自分で用意すればよい。(新学期に高価なパソコンの購入を迫るよりも、iPodの購入を勧めたほうが教育的効果は高いかもしれません。)以上に紹介したiPodのもつ効用を勘案するならば、当世の学生事情における三種の神器とは、これすなわち携帯電話・電子辞書・iPodということで決まりでしょうか。

2005年9月22日 (木)

iPodの効用


昨日、最近巷を騒がせている“黒くて薄いブツ”が我が家に届きました…。iPod nanoです。僕がはじめて手にするデジタルオーディオデヴァイスですが、これが音楽を聴くこと以外に一体どういう可能性を持つ道具なのか、折を見てこのブログに発言したいと考えています。iPod nanoについてはすでに各所で詳細が伝えられていると思いますので、ここでハードウェアの説明をするような「野暮」な行いはしません。ただ一言、ありとあらゆる「野暮」の対極に位置してデザインされた道具という感想をもっています。このデザインセンスはいつも僕の買い物に批判的な妻も舌を巻くばかり…そして次の瞬間に一言「私も欲しい」と妻をして言わしめる圧倒的な力をもっています。


iPodがなぜこれほど市場で受け入れられているのか…これを手にしてみてはじめてその理由を実感しましたが…とにかくiPodはシンプルにしてスマートな操作体系を実現している点、驚愕しています。パソコンとケーブル一本でつなげれば、パソコン上にインストールされたiTunesを介していつの間にかデジタル化された音楽・放送がiPodに取り込まれ、あとは聞くだけ…。何を今更…と思われる方がいるかも知れませんが、このシンプルさこそが市場に「破壊」的なインパクトをもたらしている理由なのだとうと、三十路おやじの僕は妙に納得させられたわけです。これまで僕はPDAで音楽を聴いてきましたが、PDAでの音楽を聴くまでの煩雑な操作を思えば、なぜPDAが普及せずiPodがこれほど普及したのか理由もわかります。PDAはその小さな画面にあれやこれやの多機能を盛り込もうとした…なんというか…踏ん切りのつかない、潔さの感じられない、実に「しみったれ」た発想の道具ですが、iPodはその対極にあって潔く機能を絞った道具であり、その潔さに感心しています。


これで音楽を聞くということについてですが、正直なところiPod自体よりは、iPodに楽曲を提供するiTunes Music Storeに「恐ろしさ」を感じています。(ちょっと寝てきます…続きはまたあとで!)

2005年9月21日 (水)

その後のSR-E10000


最近は論文執筆に集中しています。最近の勉強スタイルはPowerBookをメインとして、VirtualPC上に起ち上げたWindows ME(英語版)でスウェーデン語辞書を動かしながら文章を書き、英語と日本語については机上に置いた電子辞書SR-E10000を併用するといった感じです。このブログのアクセスを解析しますと、ほぼ毎日SR-E10000をキーワード検索してこのブログに来訪していただける方がいます。なるほどSII社のフラッグシップ機ですから関心も高いのかなぁ…(…高価な道具なので、「人柱」的報告は貴重でしょう…)と思いましたので、その後の使用感を記しておきます。一言でまとめるならば、「こいつはだるい」といった感じです。


僕自身電子辞書機能に特化した電子辞書を本格的使い始めたのはこのSR-E10000がはじめてなので、比較の対象がなく極端な感想かもしれません。しかし…こいつは「だるい」。「だるい」と思わせる最大の理由は起ち上げ速度が遅いことです。この遅さは今から15年ほど前に鳴り物入りで登場したEPWING機(いわゆる電子ブック)を使っていた頃を思い出させます。


SR-E10000は乾電池で駆動していますから、省電力を目的に(初期設定では3分後、今僕はとりあえず5分後の設定で)一時シャットダウンするわけですが、「いざ検索!」と思い検索ボタンを押して検索可能になるまで3〜4秒…。一度立ち上がってしまえば検索速度は快速ですが、その起ち上がるまでの数秒間のタイムラグが「だるさ」を感じさせる最大の要因です。たかが数秒のことでも、文献を精神集中しながら解読しているこちらとしては思考が中断させられてしまいます。はたしてこうした思考中断を頻繁に起こさせる道具は、真の意味での知的道具と言えるでしょうか?


SR-E10000はこれまでのSII社の電子辞書とは異なり、膨大な辞書コンテンツを含んでいますから、起ち上げの際にそれらコンテンツのインデックスをスキャンしていると考えれば、この「だるさ」はSR-E10000に固有の問題であって、ほかの電子辞書には見られないことかもしれません。


それからモノクロ液晶での文字表示が実に醜く…見にくい。SR-E10000では大中小の三段階で文字サイズを変更できますが、一画面あたりの情報量を多くしようと小サイズ表示にすると文字が小さくて見にくく、中サイズ表示にすると今度は一画面あたりの情報量が少なすぎてスクロールを多用せねばなりません。この中間サイズの文字表示があればよかったのですが…文字サイズの設定は細やかに行えるものが良いですね。


かなり酷評してしまいましたので、SR-E10000をフォローする感想を述べるならば、さすがに辞書コンテンツの豊富さには救われることがしばしばあります。「だるさ」や表示の見にくさにもかかわらず僕が使い続けている理由は、こちらが求めているたいていの語義に的確に行き当たるからです。 ですからSR-E10000は辞書としての本質的機能を全うしていると言えるでしょう。(そんなの当然と言えば当然…コンテンツが良い内容なのですから。)それから(繰り返しになりますが)一度起ち上がってしまえば、辞書の切替も、表示の切り替えも、検索も快適です。が…「高い」買い物でしたから(悔しくて)、せめてそのもとをとるまでは使い続ける(…はたして業績いくつぶんになるのかしら…)というのが正直なところでしょうか…。最後の文は全くフォローになっていませんねぇ…そんな感じでSR-E10000は機械としてはフォローしがたいブツです。


電子辞書はカタログにある豪勢な仕様だけに目を奪われず、実際にいくつかの機種の動作を店頭で比較してから、自分の感性に合致するものを選択するべきです。

2005年9月20日 (火)

Vodafone 702NKIIの発表


妻から、最近のブログで僕が発言しているパソコン関連の話が一体どのくらいの人の頭に残る情報になっているのかしら…と厳しい突っ込みを受けました。が、良いのです…このブログは授業関連の連絡伝達を大きな目的としていますが、忙しい日々から逃避する「場」としても機能しているのですから…。キーボードを打ちながら文章を紡ぐ過程が僕にとっては精神安定のよい手段にもなっているのですから…。


ということで、携帯電話ネタを一つ。今日Vodafoneから新しいスマートフォン702NKIIが発表されました。これは僕が今使っているスマートフォンの後継機種にあたり、同じくフィンランドのNokia社が開発したものです。(欧米ではNokia 6680と呼ばれている機種で、Symbian Series60というOSで動いています。)僕が使っている機種と比べると、デザインがよりスマートに変わったわりに機能上の変更はそれほどないようです。唯一カメラ部分の改善に止まっている気がします。(Vodafoneで公開された写真を見る限り本体背面のカメラにはフラッシュもついたようです。TV電話を可能にするサブカメラの搭載も実現されましたが、これでマクロ機能も備わっていると理想的ですが。)


この新機種の発表でスマートフォンの流れが日本で絶たれることがなかったことに安堵します。スマートフォンの利点は通常の携帯電話と異なり、世界中で開発・公開されているSymbian OS用のソフトウェアを使用者の必要と用途に応じて柔軟に導入できる点にあります。さすがにパソコンのようになんでもかんでもこなすことはできませんが、常に携帯して緊急事態に対処できるような「備え」には十分なりえます。PDFやWord、Excel、PowerPointの最低限の閲覧はもとより、例えば渡欧する機会もある…といえばまぁある…僕の日常用途では、欧米や日本の主要都市における路線図検索を可能にするソフトウェア(Metro)や、世界中の天気事情をリアルタイムに伝えてくれるソフトウェア(Weather)、交通機関のなかでニュースやデジタル書籍を読むためのソフトウェア(ReadM)などを導入しています。これで電子辞書を可能にするソフトウェアがあれば完璧なのですが…残念ながらそれはまだありません。


そなえよ、つねに…(ボーイスカウトあがりの)僕の好きな標語の一つです。

2005年9月19日 (月)

息子雑感


2歳半になる息子の日々の成長の過程は目を見張るものがあります。いやはや、本当にこちらは何も教えていないのに、どうして文字や歌をあんなに覚えているのか…まったく不思議です。子供の言語獲得が一つの大きな学問的主題になる理由がよくわかります。以前からこのブログでも書いていたように、息子の鉄道熱はとどまることを知らず、最近はいよいよ『鉄道ファン』などというその道の権威ある雑誌にまで手をのばし始めた…ふーぅ。まぁ、それはそれで良いことなのですが、鉄道熱の一方で天気予報を見てはそこに映し出される地図を見て、やれ「大阪」だの、「京都」だの…とはしゃいでいるものですから(…無論、それらの漢字に関する知識は鉄道の知識から派生したことは想像に難くありません…)、地図でも買い与えてみようかと画策中。


で、父親の知らないところで、息子は最近マザーグースの歌なんぞも口ずさんだりしているので(…父がその歌を一緒に歌おうものなら息子はそれに応じない…妻が指摘するには僕の発音がまったく出鱈目だからだという…おいおい外国語大学の教員に何を言うか…汗…いやきっとそうなんだろうな…彼が外国語の音をまねするときは正直にいくつもの音を発するものだから、こちらが混乱させられることもよくあるから。)、どうせ地図ならイギリスも載っている世界地図で…しかも傍らにユニオンジャックなんかが一緒に印刷されている粋なつくりで…あ、それからこの狭い宿舎でも十分な可搬性を確保できるようなモーバイルな一枚物で…と探し始めたら、これがなかなかどうしてうまいものが見つからない。


とある書店をくまなく探してみたけれど、最近は世界地図をあつかった絵本などもいろいろとでているようだけど、シート形式の一枚物となると昔懐かしい机の下敷きにするような大判のものが売られているくらい。そんなこんなで、そういえば「日本」人ってのは地図ってものにあまり関心のない国民だよなぁ…地誌の授業とかで以前は初回の講義の際に何も見ないで地図を書かせたりしてみたんだけど、大学生になってもこれがなかなかうまく書けないんだよね…なかには学部三年生とかくらいになって、「で、結局スウェーデンってどこですか?」なんて聞いてくる人もいたっけ…って、ことほど左様に地理というものに鈍感なんだ、この国は…とか、僕の脳裏に去来する数々の思い。(年表なんぞより地図への感覚のほうがよっぽど歴史学に必要な素養だぞと思う今日このごろ。)よい地図がなかなか見つからないのは、地理への関心が薄いお国柄ってことがあるんでしょうかねぇ…。


それから、息子よ…父の眼前で父の全く預かり知らない松田聖子の歌を歌うのだけはやめてくれ!(ヒット曲ならまだしも、よりによってアルバムにだけ収録されているようなマイナーな曲を…。)僕は彼が産まれてくる前から実験的にバッハとか、モーツァルトとかをグールドの演奏なんかで聞かせていただけど、これはまったく彼の今には何も作用していないみたい…。やはりグールドがいけなかったか!?…だろうな、きっと、うんうん…バッハやモーツァルトにゃぁ、責任はない…と思いたい今日この頃。結局は後天的に獲得される形質は環境によって決定される…産まれてから息子のそばで最も長く接している母親の趣味がそのまま息子に引き継がれているのですから!

2005年9月18日 (日)

ネット放送を家中に飛ばす!


今日は連休中日ということもあって、大阪弁天町にある交通科学博物館に家族ででかけました。東京の万世橋にある交通博物館のように鉄道メインの博物館ですが(…まぁ、僕は鉄道のことは本当にちんぷんかんぷんなんですが…)、昭和30年代末〜40年代半(つまり僕が生まれる直前)の公共建築の雰囲気が、何とも言えない「よい」雰囲気を漂わせている博物館です。それにしても親子連れの多いこと、多いこと…。息子もかなりはしゃいでいましたが、帰宅後何が一番楽しかったのかと尋ねると、「行き帰りの電車の車内放送」と答えていて、やはり「なまもの」のもつリアルな感覚に博物館は及ばないことを実感しました。


さて最近は忙しくて、本当に買い物に行く時間はないのですが、その反動からちょこまかと思いつくままにネットで「衝動買い」をしてしまいます。今日はAmazonからBelkin社のTune Cast II Mobile FM Transmitterが届きました。(いえいえ、これについては妻との相談のもとちゃんとした古谷家での利用目的を鑑みて購入に踏み切ったのですが。)これは、読んで字のごとくFM電波に載せてパソコンやデジタルオーディオ機器の音声を飛ばすための道具(FMトランスミッター)です。最近のiPodの流行を受けて、たとえば車のなかでiPodを聞いたりする人がこうしたFMトランスミッターを購入して、iPodから飛ばした音楽をFMラジオで拾って聞くことが、それなりに普及しているようです。古谷家では、書斎でほぼ24時間垂れ流し状態のSveriges Radioのスウェーデン語によるストリーミング放送を、居間でも聞くことはできないか…ということから導入が決まりました。(効用に比せば、安価な道具と思います。)


まずPowerBook G4のヘッドフォン(音声)出力端子にFMトランスミッターを接続します。(あらかじめ出力端子には二股分岐ケーブルを購入しておきましたので、書斎のアクティブスピーカにも音は出力されています。)このBelkinのFMトランスミッターは一定程度の連続した音源を関知すると自動的に電源がOnされ、逆にそうでないとOffされるつくりになっています。接続したあとは、トランスミッターで適当なFM周波数を設定し、隣の居間にあるステレオ(これはもちろんFM受信のできるラジカセでもよい)でそのFM周波数を拾えば、PowerBook G4に流れているストリーミング放送が居間のステレオでも流れるという仕組みです。


このトランスミッター自体の電波出力が弱いような気がするのですが、3mくらいの距離ならば、なんとか電波を拾います。遠く離れれば、FMラジオと同じような感覚で雑音が混じります。音源元の出力程度による違いかもしれませんが、電源を直接とっているPowerBookからの音ならば雑音も少ないのですが、バッテリ駆動しているPDAからの音だと雑音が混じってきます。古谷家の場合、普段はPowerBookで接続しているネット放送を、すぐ隣の居間(…しかもステレオのチューナならびにアンテナ線はFMトランスミッターと壁越しに向かい合うように配置されている…)に転送する用途なので、音質に神経質にならなければ、「まぁこれで十分かなぁ…」といった感じ。


このトランスミッターは使い方によっては、なかなかよい語学ツールにもなりえます。最近は世界中の言葉によるネット放送がいつでも、どこでも、よい音声で聞けるようになりました。しかしその放送をパソコン上に録音するなら、まだなんとかソフトウェア的処理によって可能なわけです(とはいっても、ネット放送を録音する方法は意外と厄介です)が、これをたとえば従来からあるMDやカセットテープに録音する簡単な方法はなかなかありませんでした。しかしこのようにパソコンからFM電波に載せて、従来のラジカセやステレオでネット放送を聞けるならば、ふつうにラジオ番組をエアチェックするのと同じように、それをMDやカセットテープに録音できるということでもあります。


繰り返しになりますが、まぁ、あまり音質にはこだわらなければ…の話です。FMトランスミッターはその程度の道具なんですが、使いようによっては便利な道具かもしれません。しかしだなぁ…中秋の名月に蟋蟀かなんかが部屋の片隅に巣くっている…この今の宿舎では音質もへったくれもありゃぁしませんぜ…。

2005年9月17日 (土)

PowerBook G4のデスクトップPC化

残暑が厳しいからでしょうか、あいもかわらずPowerBook G4の冷却ファンは騒音をたてながらまわりっぱなしです。最近はパソコンの冷却ファンで季節を感じるようになりました…これもいずれ季語になっていくのでしょうか…。で、自宅書斎机のスペースを拡げようと、(安かったので)Cut&Paste社のPower Stand for Power BookをAppleStoreで購入しました。 PowerBook G4には、前より愛用のHappy Hacking Keyboard Lite2とLogicoolのV500 Cordless Notebook Mouseを接続。(ただしHHKには、MacOS X接続用のドライバーを別途購入する必要あり。)ここまでは快調に環境を構築しましたが、自宅でこれまで長らく使ってきたLogitec社のLCM-T172AD/S(S)という17インチ液晶モニタを接続させる時点で、MacOS Xの「謎」の仕様にぶつかりました。

PowerBook G4は外部出力端子を(当然)もっていて、DVI-Dの24ピンデジタルコネクタにも、アナログコネクタにも対応できます。今回は前者でモニタに接続させようとしましたが、最初、 液晶モニタには黒い余白がうまれ、XGAの範囲までしかモニタには反映されませんでした。で、(1)一度外付けキーボードとマウスをPowerBookに接続させた後、「スリープ」状態にし(この状態でPowerBookの液晶を閉じる)、(2)「スリープ」状態のまま外部ディスプレイを接続させ、(3)外付けキーボードから適当にキー入力して「スリープ」状態を解除するという過程を踏むと、確かにPowerBookの液晶は閉じたままで、外部液晶モニタにSXGAの解像度でPowerBookの画面が再現されました。しかしPowerBookを起動させたときに、この過程を毎回辿るのは実に面倒。「謎」です。

PowerBookのこの仕様は「謎」ですが、使い始めてはや半年…Logitecの液晶モニタは安価だったのに機能十分で、個人的にお奨めです。液晶モニタの選択も考え出すときりがないのですが、大きさ・解像度…といったチェックすべき最低限の基準のほかに、接続端子の形式も重要な要素になってくると思います。通常はアナログ入力端子(…これは安価)か、デジタル入力端子(…24ピンのものではっきりとした映像が実現できますが、多くのラップトップPCではまだまだアナログ端子しか対応していないので、変換アダプタが必要になります)かのいずれかだと思いますが、このLogitecのものは、両方の入力端子がついています。自分のパソコンがアナログ、デジタルのいずれに対応しているかわからない場合には、こうした両方の端子がついているものを選択してもよいでしょう。

僕はデジタル端子にMacをつないで、アナログ端子にはThinkPad(Windows)を接続してよく使っています。画面の切替はボタン一つでO.K. 僕はこの機能を使って、プロジェクタを使うプレゼンテーションの予行演習をよくやっています。(いちいちプロジェクタを持ち出すのは面倒ですからね。)実際に持ち出すノートパソコン(ThinkPadである場合が多い)を、プロジェクタに見立てた液晶モニタに接続して演習を行うのです。自宅でプレゼンの練習をするには、こうした複数の入力端子があるモニタがあると便利ですよ。

Gmailに脱帽

最近プライベートなEメールも、大学のEメールもすべてGmailへ転送するようにしていますが、いったいGmailはどのようなフィルタリング機能を持っているのでしょう…こちらはほとんど何も設定らしい設定をしていないのに、毎日大量に送られてくる迷惑メール(スパムメール)を見事にはじいてくれています。最近一番困っているのは、いわゆるinfoスパムと呼ばれる相手方のメールアドレスがinfoのものですが、完璧に迷惑メールとして処理しています。ThunderbirdやMail(MacOS X標準のもの)は迷惑メールフィルタの設定が育つのに時間がかかる(それでも後者はよくはじくようになりました)ので、いきなり高い精度と迷惑メールをはじいてくれるGmailには脱帽です。

2005年9月16日 (金)

EndNote Ver.9

昨日は午後10時まで会議が続いていましたが、そんな「怒濤の会議デー」の合間を縫ってThomson Daleのデータベースソフトウェア開発部門の日本代理店であるユサコ社からEndNote Ver.9のアップグレードCD(Windows版)が届きました。7月のリリースですから落手するまで2ヶ月以上かかったわけですが、突然届いたのでなんだか得した気分です。(2005年内にVer.8を購入してユーザー登録をした者には無償アップグレードの権利があるので、当然なのですが)どたばたとしていてまだ詳細を確認していませんが…Ver.8がメジャーアップグレードを果たした版でしたから、今度のVer.9はその「バグ取り」版といったかなりマイナーな感じ。どこが変わったのか、まだよくわかっていません。突然CDが届けられたので「Mac版は?」と不安になりましたから、即座にユサコ社に電話連絡。Mac版のVer.9のアップグレードCDははやくとも11月まで届かないそうです…。いやはや一年に一度のペースでのアップグレードですか…ATOKなんかもそうなんですが、いちいち買える資金的余裕がないので「決定」版をドーンと出してもらいたいもの。

2005年9月15日 (木)

会議デー

今日はこれから4つの会議が連続して入っている「怒濤の精神修養デー」…なんだか、燃えてきた…。

そういえばTBSの『世界遺産』はナレータが寺尾聡さんから、オダギリジョーさんへ代わるみたい。若手一押し俳優のひとりですから、期待大です…。

2005年9月14日 (水)

ノルウェーの総選挙


日本の衆議院選挙が終わり、うーん、Dagens Nyheterでも、Svenska Dagbladetでも、どうもスウェーデンでは報道されるには報道されているんだけど、はっきり言って日本のマスコミが伝える内容そのままの受け売りを伝えるような…今回の選挙の核心に迫る報道が少ないなぁと思っていたら(… 東アジアにおける日本のニュースヴァリューが減っているということもあるでしょうが、イギリスやアメリカに比べるとまだまだ的確な日本の情勢分析ができる論者がスウェーデンには育っていないということじゃぁないでしょうか… それは逆もまた真なりで…日本において的確にスウェーデンを論じうる者の数が少ないということでもありましょう。ニッチかもしれないけど、外国語大学の役割を感じます…)、そんな矢先にノルウェー国会の総選挙の結果が伝わってきました。


今回のノルウェー国会(Stortinget)の選挙結果はすでに報道されている通りで、2001年に下野した労働党が左派社会党・中央党とともに「赤・緑」連合を組んで勝利し、足かけ5年ぶりに政権復帰を果たしました。端から見ていてこの選挙結果の最大の謎は、国連開発計画の発表している人間開発報告書における「人間の豊かさ」指標で5年連続世界一位とされてきたノルウェーで、なぜ今政権交代が起きたのかという点です。この5年の間政権担当していたのは保守党・キリスト教民主党の保守中道同盟ですが、今回の選挙で敗北したノルウェーのボンネヴィーク首相はこの質問を受けて、思わず答えることができなかったそうです。


それはそうでしょう…この5年間、ボンネヴィーク政権は、世界第三位の輸出量を誇る石油資源に依拠した好景気に支えられ、失政らしい失政はなかったのですから。現在のノルウェーを根幹から支える石油がらみの問題は今回の政変劇の大きな要因の一つだったことは、衆目の一致するところでしょう。この十数年来ノルウェーにとっておさらく最大の課題は石油資源に依存しきった市場構造の脱却にあります。好景気にあったボンネヴィーク政権は石油資源だけに依拠しないノルウェー経済のさらなる底上げを図るべく、市場規制の緩和や財政出動の縮小を試みていました。(あまり報道されていないことですが、実は今回の選挙戦の一つの争点は日本と同じように郵便事業の民営化問題がありました。もちろん日本のような財政投融資制度の抜本的改革ということではありませんが、ノルウェー政府はこれまで国有だった郵便事業を2007年までに清算することで財政支出を抑えようとしていました。)いわば「小さな政府」をめざすことによって可能になる減税措置よって、さらなる市場の刺激を図ろうとしていたのです。しかしこの政策が弱者切り捨ての「金持ち」優遇と映ったようで、現政権の敗北につながってしまいました。


ノルウェーの有権者が多くの日本の有権者と異なる点は、自らの「足下」にある問題に対して、(端から見ると心配性に見えるほど)至極現実的であるということだと思います。今回の選挙結果については、ノルウェーの有権者が古典的な社会福祉国家への回帰を望んだ…すなわち「虎の子」の豊かな石油資源の利益を社会に還元させつつ、高い税負担も厭わないから再び高度な福祉政策を充実させることを望んだ結果だと分析されています。確かに日本と比較してみるとおもしろくて、小泉自民党は日本経済の「虎の子」だった郵政事業資金を開放してしまうわけですが、ノルウェーの場合それにあたるものが石油資源で、ノルウェーが頑なにEU加盟に否定的なことからもわかるように(この路線は今回の選挙でもかわりません)、「虎の子」である石油資源は決して開放せず、むしろそれを元本としながらセーフティーネットの構築が選択されたというわけで、今回の選挙結果は日本とはまるで正反対とのところにあるように映ります。


しかし昨今の世界的な石油資源を巡る動静が伝えられているこの折りに、果たしてノルウェーの有権者がいつまでも石油資源にばかり依存できると考えて、今回の「赤・緑」連合へ支持したのでしょうか?僕は、むしろノルウェーの有権者は、石油資源に依拠しない新たな高度福祉国家建設の実験を選択したのだろうと思っています。先日小泉自民党に支持を与えた多くの日本の有権者からすれば驚くべき事かもしれませんが、弱肉強食の社会を否定し、減税よりも増税を是としながら、長期的な視点に立ってみれば、枯渇が目に見えている石油資源などに依存しなくても実現可能な生活保護の制度構築にのりだそうとしているということです。 生きていくことに必死だからこその実験です。


しかしながらセーフティーネット構築の在り方をめぐっては、ノルウェーがEUから一歩身を引いた社会であるがゆえに、今回の選挙では進歩党という極右勢力の躍進をも許しました。誠に奇妙なもので、移民排斥という主張を除くならば、減税と福祉の充実という相矛盾する政策を同時に掲げていたのは先日の日本における総選挙では、まったく極右から離れたいくつかの政党で唱えられていたことです。まぁ、こうした現実離れした政策の提示については、国民受けのよさだけを狙ったものだとの批判がノルウェーでもあったわけですが、少なくとも移民排斥という形で示された、既存のノルウェー国民だけで固まって自己保存を図ろうとするセーフティーネットの在り方は支持を集めたようです。そう…今回の選挙で勝利した政党(「赤・緑」連合にせよ、進歩党にせよ)に共通して見られるのは、何らかの形でノルウェーの有権者たちの生活を保護する将来的ヴィジョンを示せたところだと結論できるでしょう。


そうそう…日本では全く報道されないことでしょうから補足しておきますが、今回の国会選挙では同時に北極圏を生活圏とするサーミ人によるサーミ議会(Samitinget)の選挙も実施されました。今年の初めに新フィンマルク法という法律ができたことによって、サーミ人の自治的権能がこれまでよりも大幅に拡張され、ノルウェー当局の干渉がぐっと減少したのですが、今回はこの新たな体制後初の選挙となりました。従来このサーミ議会の議長を輩出してきたサーミ人の政治組織(ノルウェー・サーミ人全国連盟と言いますが)は、長年この議会を通じて中央のノルウェー政府(つまり長年労働党が与党だった)と対立してきた経緯があります。しかし国会選挙と連動した今回の選挙ではサーミ人の間でも労働党への支持が集まり、サーミ議会の議長は労働党に属する女性が就任する運びです。もちろんこの女性はサーミですが、サーミ議会がノルウェーの政党である労働党を与党として受け入れることの意味は重い。少数民族が自らの権利を声高主張するだけの時代はノルウェーではすでに終わっていて、共生に向けた次の段階がはじまっているということです。


ここまでのノルウェー総選挙の話は、確かに有権者の数が400万人にも満たない小さな国の話です。しかしながら、だからこそ可能な実験国家の面目躍如たる話に溢れた話題でもあります。今回のノルウェーの総選挙には、中央アジア諸国の人々が選挙制度の実例を学ぶ目的で選挙監視員の形で招かれていて、彼らはこの選挙で示された議会制民主主義の過程と結果に驚愕していた…という記事を読みました。そういえば日本の総選挙には、例えばそうした地域からの選挙監視員が来たなんて、聴いたことありませんね。日本経済とあまり関係のない地域は「切り捨て」という発想でしょうか…そんなことだから世界(といっても本当に関心をもっていたのは東アジア諸国と英米資本だけど思うのですが)に注目されていたのは結局、お金と小泉流の世論操作ばかりだったということですね。僕は決してノルウェー・シンパではないし、人口規模や社会的・文化的環境の差異を考えれば「ノルウェーのよいところを学んで日本に活かす」などと安易な発想は毛頭持ちませんが、日本が今立っている情況を白日の下にさらすに必要となる比較例として、ノルウェーがあまりに対極にあるが故に興味深かったのでご紹介しました。

2005年9月13日 (火)

泰然自若

世の中忙しない事が次から次へと起こり、ともすればそんなしがらみに絡まれて自らを見失いがちになりそうな今日のこの頃です。そんなときは今まで自分が勉強してきた歴史学のことを振り返ります。歴史学においては何気ない些細なことに意味を見出す鋭敏な感性は大切ですが、そうした感性を支える自分がしっかりと保たれていなければ、個々のディーテールの持つ意味づけ(…意味の遠近とでも言うべきか…)も結局できずじまいになってしまいます。歴史学が他の学問と多少なりとも異なる性格は、翻ってそれが自己陶冶の学でもあるということに見出せるでしょうか…。勉強したことが翻って今を生きる自分自身を鍛えることにつながるということです。生活の場においても大局を見据える自分があってこそ、個々のディテールもなんらかの関係の網をもって浮かび上がり、解釈できるようになるのだと思います。世の中の雑音の一つ一つも直に接していてはそれに足をすくわれそうになりますが、泰然自若たる自分があれば常に冷静でいられるような気がするのも、様々な人間の営みを対象とした歴史学を勉強してきた一つの成果なのかもしれません。

以前、大阪外大の卒業生から、みんなで一緒に勉強し発見した事実の一つ一つについて、学生たちは毎年卒業していきますから、長い目で見てみるとそれらが蓄積される場所は「僕」という人間だけであり、「僕」がそれを活字化しない限り(例えば「僕」がパッといなくなってしまったら)せっかく知り得た事実も消えてしまいますね…と指摘されたことがあります。その指摘には、みなさんのDNAは「僕」という人間を媒介として後輩の学生に引き継がれますと答えましたが、その裏では、学生とともに様々な知験が蓄積されていくことで自分が鍛えられていく道程が僕自身のなかでは楽しみなのだという気持ちも少なからずありました。翻って考えてみれば、自分が失われては学生のみなさんが伝えてくれたDNAを伝えることもできないわけですから、世の中が騒々しくなっても悠々と泰然自若たる自分を維持する必要があります。歴史学はそうした人間性を鍛えてくれる学でもある… 何を言っているんでしょうか、今日の僕はフゥーー!(HG)…独り言もたまにはお許しください。

2005年9月12日 (月)

お遊びネタ

仕事や勉強でお疲れ気味の方に、以下のホームページ変換スクリプトを紹介します。

JavaScript:with(document.body)innerHTML=innerHTML.replace(/。/g,'フゥーーー!! ').replace(/」/g,'オッケ〜〜!!」').replace(/w/g,'セイセイ');focus()

何か読みたいホームページを開いたら、ブラウザのURLアドレス欄を消去して、上のスクリプトをすべてコピーして、エンターキーを押してみてください。ありとあらゆるページに適応可能(なはず)です。

このフゥーネタを半年くらい前に授業でしたときには滑りまくっていましたが、今は旬のネタでしょうから、皆様ご理解いただけるものと思います。ただしこうしたネタは、誠に生ものです。あと数週間後にはどうなっているかわかりませんから、ご賞味はお早めに。

すさんだ気持ちも一寸吹き飛ぶこと、間違いなしです。

2005年9月11日 (日)

怪しい雲行き

衆議院選挙の結果は、ある程度の見通しが立っていたとはいえ、やはり現実に数字を突きつけられると恐ろしさを感じます。小泉自民党による今回の選挙戦略は、公示後初の小泉氏の街頭演説が秋葉原で行われ「2ちゃんねらー」を巻き込もうとしたあたりから…ちょっと今までとは違う雰囲気を感じていました。議論を単純化して見せた戦略が現今の日本社会に大きな訴求力をうんだということでしょうが、しかしその議論の核心であった「郵政民営化」という問題の事の本質はどれくらい国内で議論されたのでしょうか…。今回の結果は、もとより政治的議論に慣れていない日本国民に、一見「郵政」問題を議論すれば国政に十分参加できているような雰囲気を醸し出すことで、国民に総「エポケー」状態が生み出さた結果に思えます。

参議院で否決された法案について衆議院を解散して国民に是非を問う方法は、本来国民の代表が集う立法府の存在意義を脅かすものでもありました。小泉氏はそれを「政治決定」過程の構造改革だと言っていましたが、現行の日本国憲法体制では議院制民主主義のあり方が基本とされているはずですから、おかしな話です。また、これまで我が国の国家経済を支えてきた世界最大の「貯蓄銀行」の資金が「郵政民営化」によって市場に流れ、欧米資本がそれに食い込むことで我が国の経済力が食いつぶされていく流れが予測されているにもかかわらず、小泉自民党は「壊す」ばかりで「作る」ことへのヴィジョンが明確ではありませんでした。壊れた末の世の中にセーフティーネットは期待しようがありませんから、それは「弱肉強食」の世を生き延びよということですが…、それで良いんですよね?小泉自民党の躍進を支えた人々の未来への自信は何を根拠としているのでしょう?

しかし個人的には総選挙の結果どころではない週末でした。今ははっきりと申せませんが…うーん、脇の下が…脇の下が痛い情況です。

2005年9月10日 (土)

夏風邪

夏風邪でしょうか…熱が出て、ダウンしてます。

2005年9月 9日 (金)

コンピュータの目


ある意味、仕事に疲れたときの逃避としてコンピュータをネタとする話題は僕にとって最適なものですから、今日もまたコンピュータネタを一題。


常々ラップトップパソコンを用いたプレゼンテーションで、「あったら便利だろうな」と考えていた機材は書画カメラです。書画カメラはスキャンできない資料をプレゼンの現場で即座に見せることができるので大変便利な機材なのですが、欠点が二つあります。一つは個人で所有するには大変高価であること。二つは大学などで用意されていても据え付けであったり、例え持ち運べるとしても大型のため機動性に欠けること。(例えば、カシオからはYC-400という書画カメラがあって、確かにコンパクトで魅力的なのですが…高い、高すぎる。)そこで、あまり使う機会はないがいざというときの資料提示のために、可搬性の高い書画カメラ機能を代替できる機材を探していました。つまり持ち運びのできる「コンピュータの目」を探していたということです。


ここで考えられた選択肢は二つ。一つはWebカメラ機能をもったデジタルカメラをラップトップパソコンに接続して使うこと、二つはラップトップパソコンに接続したWebカメラを胃カメラのようにして使うことでした。前者の方法を先に試そうと思ったのですが…最近のコンパクト型デジカメってのはなんですなぁ…たいていのものはクレードルという台にデジカメを置いて、それを経由することによってパソコンと接続させる。デジカメ本体を直にパソコンへケーブル接続できるものが意外と少ないことには驚きました。これではリアルタイムに画像をパソコン上に表示させることはできないわけです。(例外的にサンヨーのザクティや富士フィルムのファインピクスにWebカメラ機能をもったものがありましたが、前者は値段が高いこと、後者は記憶メディアが特殊なことを理由にめあきらめました。)


コンパクトなデジタルカメラの現況に絶望した僕に残された選択肢は、必然的にWebカメラに絞り込まれました。Webカメラについては、Skypeなどの流行を背景に、手軽にテレビ電話・会議を構築できるツールとして最近意外と多くの種類のものがとても安価に出回っています。しかし今回の僕の用途は書画カメラの代替であって、30万画素くらいの低い画質のWebカメラ、あるいは対象への近接撮影ができないWebカメラでは目的を達しません。そこでいろいろとWebカメラの情報を集めた結果、一般的なWebカメラの値段と比べると多少高価なもののApple社のiSightが画質的には一番良さそうだと判断しました。


iSightなのですが、一言でまとめれば操作をスマートかつ簡潔に行いうるようにデザインされたWebカメラだと言えます。ただケーブル一本接続するだけで自動的にカメラの認識と電源の供給が行われ、関連するソフトウェアが起動します。映像をキャプチャして、JPEGファイルに出力することもできます。また外への持ち運びのことも十分考えられており、いろいろな環境で対応できるように様々なスタンドやケースが付属している点は好印象です。そして、ただカメラだけでなくマイクまで内蔵され、PowerBookに「視覚」だけでなく、鋭敏な「聴覚」まで付加される点には感心しました。音を拾ってくれるということは、例えば会議などをしているときに、その会議に参加している自分を相手に映し出すだけでなく、その場で進行している議事をリアルタイムに録音できるということです。この機能は非常に便利で、例えばMicrosoft Word 2004にある「Wordノート」で議事をメモすることにしていれば、「Wordノート」には音声メモをファイルに埋め込み、それをインデックス化する機能があるのでほぼもれなく正確な議事録が作成できるわけです。(なるほどMacOS XにおけるMicrosoft OneNote(…以前このブログで紹介したWindowsのソフトウェアです…)は、「Wordノート」へ機能的に取り込まれていたのですね。)


さてさて話が脱線しましたが、肝心の画像の質なのですが、安価なWebカメラに比べれば、さすがに画質は綺麗なほうだと個人的には判断します。(ただしあくまでも主観的印象です。)5cm程までなら接写も可能で(…しかもオートフォーカス…合焦のスピードも快速…)、文字もクリアとは言えないレベルですが、「おおよそ」認識可能なレベルで映し出してくれます。ですから、当初僕が目論んでいた書画カメラ機能を代替できるものと判断しています。(ただし実際にまだ講義で使ったことがないので、現場に臨んでみないとこれが本当に使えるかどうか、結論は出せません。)とはいえ問題をいくつか感じてもいます。まず蛍光灯程度の室内の明るさではiSightが映し出す被写体の画像はいささか暗いものであること。これについてはiSightの周辺機器としてGriffin SightLightというライトが販売されていますので、これを使って被写体を明るく照らすことによって画像をより鮮明にできるのではないかと考えています。


最大の問題はiSightが映し出す画像が、鏡のように左右逆にディスプレイに映し出されてしまうことです。これは書画カメラとしての機能を期待していた僕としては最大の誤算でした。まるでレオナルド・ダ=ヴィンチが書いた文書のようにiSightは文献を映し出します。これはiSightの仕様らしいので抗いがたい問題です。これまでApple社には結構好印象を持ち続けてきたのですけれども、このiSightについてはこの謎の「鏡の写し絵」仕様がなぜ存在するのか、その理由を全く理解することができません。ま、緊急避難的に書画カメラを代替する目的で導入したものですから、あまり詳細に画像を映し出す必要はないのですが。iSightについては、100点満点で50点くらいの辛口評定を下します。実際に講義で使えるのかどうか…これについては秋学期以降、乞うご期待…って感じです。

2005年9月 8日 (木)

Basic Holster

PDAを使わなくなった今、秋以降の新学期にむけて新たなワークスタイルを模索中です。その一環として(ついうっかり…ふらっと… 我を忘れて)購入したものがUrban Tool社がこの夏に発売したBasic Holsterというホルスタータイプの鞄…というか小物入れです。

以前からなるべく手ぶら通勤できるように僕は努めてきたのですが、それはそれ… 例えば作業中の文書や読みかけの史料などをデジタル化してメモリーカードに蓄積し、 携帯電話とPDAをベルトにぶら下げる形で実践していました。まぁ、腰にいくつかの物体が掛かっているその格好はなんとも「親父」くさく、 また財布や筆記具はズボンやシャツのポケットに入れる必要があって、嵩張るその姿に不格好さが増していました。生活上、 腰より下に重りがあると最も不便な点は、トイレに行ったときにズボンがズレ落ちてしまうことでもありました。

こうしたデメリットを解決して手ぶら通勤を可能にする方法はないかと考えたときに、目にとまったものがBasic Holsterです。ホルスターですから肩から胸脇に掛かる形になりますが、コンパクトでスマートなデザインにもかかわらず、 収縮性のある布地でつくられている袋のため、収納力はなかなかのもの。ポケットは5つ用意されていて、携帯電話、名刺入れサイズのメモ帳、 財布、筆記具などなどがこれ一つにピタッと収まります。それぞれのポケットにはファスナーやボタンなどはなく、 咄嗟に必要なものをスムーズに出し入れできます。(ポケットにファスナーなどがなくとも、布地がピッタリとものにフィットしますので、 ズレ落ちることはありません。)本来はサングラスやメガネ、PDAやiPodなども収納できるようにデザインされていて、 ストラップ部分もものが収納できるようになっていてイヤフォンのケーブルをそのなかに通すこともできます。 さらにそのなかには鍵を収納できるストラップもあり、 このストラップは巻き取り式のケーブルが着いていて必要なときだけ鍵を出し入れすることができます。

確かにこのホルスターが表に出ていると、なんとも日本人の感覚からはオーバーに映る代物ですが、僕の場合、 仕事場では仕事着として必ずスーツを着るようにしているので、上にジャケットをかぶせれば目立ちません。 胸脇に必要最小限の小物がすべて納められるということで、ベルトやズボンのポケットには嵩張るものがなにもなくなり、 用を足すときにももはや不「便」は生じません。「ゴロ寝デスク」に続いて、「またそんなけったいなものを買ったの?」 と妻から糾弾されましたが、妻に実物を使ってプレゼンしてみたら両手と腰が荷物から開放されるので、子育て用途にも良いかもしれないと (ようやく…なんとか)支持を得られました…やれやれ。

このBasic Holsterを販売しているUrban Tool社ですが、 製品リストを見るとiShirtなんていうiPodをシャツに仕込ませることのできるシャツを出していたりもする。 これはさすがに必要とは思いませんが、今日Apple社からとてもクールなデザインのiPod nanoが発表されたばかりではありますけれども(…スティーブ・ジョブスのプレゼンにはいつも関心させられます。 今回もジーンズのポケットからiPod nanoをさっと取り出したり、、iChatを使ってマドンナ(…マドンナってところが重要だよね… 現代欧米文化におけるマドンナの役回りって結構重要なんじゃないかな…)と会話しちゃったり…惹きつけられます。)、 Apple社が提案し、刺激する理念は今様のライフスタイルそのものに大きな影響を及ぼしていると感じています。 単なるコンピュータ会社ではなく、ライフスタイルデザイン集団とでも言うべきだな…Apple社は。

それにしても同じ日に発表されたSony社のデジタルオーディオデヴァイスについては、デザインも、プレゼンも、なんとも不格好。 いまさらWalkmanなんてブランド名をだされても、Walkmanは1980年代の時代物というイメージ…21世紀的じゃないし、 そうした古い伝統的概念に依存せざるをえないところに、なかなか新時代へ脱皮できないSony社の問題がある気がします。 Walkmanって聞いても、ワクワク感が沸いてこないんですよね…マンネリって感じ。それに、 スーツ姿のビジネスマンがテキストばかりのパワーポイント使ったプレゼンされた暁には、ダサダサ感以外のなにも感じません。 戦略的にiPod nanoの発表にぶつけてきたのだろうけれども、スティーブ・ジョブスのプレゼンと比較しちゃぁ、 それが裏目に出ているような気がしました。

(…というか、「発売まであと2ヶ月」とかいう時点で発表されてもすぐに買いに行けるわけではないし、みんなiPod nanoに買いに走っちゃうよ。発売までまだまだ時間がかかるのに、急いで発表してしまう考え自体が拙いと思うのですが…。とにかく、 がんばれ、Sony…昔の「何か斬新なことをやらかしてくれそうな」ワクワク感を取り戻してください!)

2005年9月 7日 (水)

大学に届いたメールの転送方法


一昨日の発言でGmailをご紹介しました。このGmailをはじめ、一般的なWebメールは、ネットに接続された端末からWebブラウザを通じてメールを送受信できるという普遍的な利便性をもっています。@niftyなど、一般的なネット接続代行業者から提供されているメールアカウントの場合、最近ではWebメールのサービスやメール転送サービスが提供される場合が多くなりました。しかし、例えば自らが所属している大学から付与されているメールアカウントの場合、そこに届いたメールがWebメールへ転送されなければ、結局ローカルなパソコン環境を持ち歩きメールクライアントソフトを用いる必要がでてきてしまいます。(もちろん一部の先進的な大学ではWebメールサービスやメール転送サービスを公開していますが。)そこで今回の発言では、大学のメールアカウントに届いたメールをWebメール上に転送する方法を整理します。


転送方法の骨子は、大学のホストコンピュータ上に設定されている自らの領域に .forward というファイルを作成するということになります。.forward のなかには、(1)自らの大学から与えられているユーザーネームと(2)転送したいメールアドレスを書き込むだけです。


この .forward を設定するには二つの方法があります。まず自らのローカルなコンピュータ環境上でテキストファイルを作成し、FTPを用いてそれをホストコンピュータにアップロードするという簡単な方法をご紹介します。


この方法の場合、まず適当なテキストエディタを使って、.forward.txtというファイルを作ります。そしてそのファイルのなかに以下の内容を記述して保存します。

\○○○,△△△@□□□.com


この事例の場合は、大学から与えられているユーザーネームが○○○で、△△△@□□□.com というメールアドレスに転送したいということです。この記述を行うと、大学のホストコンピュータに届いたメールを蓄積したまま、メール転送が可能になります。次にFTPソフトを使って、ホストコンピュータから提供されている自らのFTPディレクトリに接続し、public_htmlという名前のフォルダと同列の場所に、ここで作成した.forward.txt をアップロードします。最後にアップロードしたファイルの名前から.txtを削除して、.forwardとします。これで作業は完了です。


次にご紹介する方法は、 sendmail というメールサーバソフトを採用しているUNIXで管理されている大学のホストコンピュータで適応できる方法です。おそらく通常の大学ではサーバはUNIX系のシステムで運用されていると思いますので、汎用性の高い方法と思います。しかしこの方法では、telnetというソフトウェアとコマンド編集の技術が必要になります。


まずtelnet を用いて、大学のホストコンピュータにに接続します。Windows の場合は「ファイル名を指定して実行」に"telnet 接続先の大学のメールサーバネーム"を入力します。大阪外大の場合ならば、telnet webmail.osaka-gaidai.ac.jp を打ち込みます。そうするとまずLogin: という表示がでてきますので、ここで自分が使っているメールアドレスの@より前の部分を入力します。次にPassword: と表示されますので、メールの送受信で使っているパスワードを入力します。


次にコマンドラインに以下のように入力します。

echo \○○○,△△△@□□□.com > .forward


これであとはexitを入力して、サーバとの接続を切断し、telnetを終了すれば完了です。ここでechoの後に入力されている バックスラッシュは、キーボードで \ を入力すればOKです。場合によっては \ で表記されることも、バックスラッシュで表記されることもありますが、気にしないでください。もしエラーがでたり、転送を試みて失敗する場合には、同じようにtelnetでLoginとPasswordを入力した後、


cat .forward


と打ち込んでみてください。これで.forwardに記載された内容を確認することができます。どうしても転送がうまくいかず、.forwardを一度削除してあらたに設定し直したい場合には、


rm .forward


と入力してください。.forwardの設定が消去され、元通りの環境に戻ります。 ポイントはすべて半角文字で入力することと、最初のバックスラッシュ(あるいは\)を確実に入力することでしょうか。もちろん転送先のメールアドレスを正確に記載することも確認する必要があります。なぜならばもしこれが間違ったアドレスだと、例えば最悪の場合、その間違ったアドレスを用いている他人に自分のメールが転送されてしまうからです。一度でも転送がうまくいけば、あとは出先でいながらにしてWebメールで集中的にメール管理をすることができますが、こうしたリスクを伴う設定は常に自己責任の原則で行われるべきであることは言うまでもありません。


2005年9月 6日 (火)

厄介なLinux ZaurusにおけるBluetooth設定

スマートフォンを機能的に補完しようと復活させたLinux Zaurusですが、今日Bluetoothの設定ができず、本当に疲れてしまいました。

最近はeXpansysというWeb上のコンピュータショップを使うと、欧米で販売されているパソコン機器が簡単に入手できるようになりました。そこで世界的に通信関連の周辺機器では定評のあるBelkin社のBluetooth CF アダプタを購入したまではよかったのです。

Linux Zaurusには初期出荷状態ではBluetoothの設定情報はありません。ですからLinux用のBluetooth設定を自らZaurusに加えていく必要があります。具体的にはBlueZというBluetooth用のプロトコルスタックを導入し、スマートフォンとの接続設定を確立してダイアルアップ接続にもっていく過程を辿ります。

で、今回購入したBelkin社のBluetoothアダプタはLinux用のドライバが用意されていないのですが、BlueZの公式サイトの使用可能機器リストにあったので大丈夫かと思いました。しかし、これがなかなかどうしてうまくいかない。このカードは最近のBluetooth CF アダプタとしては一般的なCSR社のチップセットを用いたシリアルポートタイプのものでしたから、BlueZの提供するドライバにhci_uartとこのカードの設定情報を加えれば(あるいはbluez_csr_serialというモジュールを加えれば)、作動できると思っていました。しかし上記のモジュールを導入し、必要とされる設定情報をターミナルから書き込んでみても、アダプタの青いランプが点滅するばかりで一向にスマートフォンとのペアリングはできない。すなわち電源供給まではうまくいっているにもかかわらず、このアダプタの設定情報がどうしても見つからないためドライバがうまく適応されず、結果的にターミナルからlsmodで確認しても、hcitoolで確認してもZaurusはこのアダプタを認識できていない状況です。

もう一歩のところまで来ているのはわかっているのですが、はっきり言って時間の無駄だし、面倒になったのでやめました。(僕は意外と短気なのです。)このBelkin社のアダプタは、WindowsXPの動いている(しかしBluetooth機能のない)ThinkPad X40では全く問題なく動作し、スマートフォンとのペアリングも完璧なのでThinkPad X40専用にしようかと考えています。さすがThinkPad。無駄な機能がない分、新たに周辺機器を加えたときの安定度が高いです。

で、こうなってくるとネットワークに繋がらない僕のLinux Zaurusは「音楽や動画も鑑賞できる電子辞書」でしかありません。一応WordやPowerPoint、PDFは閲覧できますし、テキストエディタもあるのでちょっとした仕事には使えますが、復活当初の目論みだったスマートフォンを補完するブラウザ機能を使うことはできません。ですから、このZaurusは、体力が減退していてどうしても荷物を軽くしたいときなどの「病床」用デバイスとして、再びお蔵入りさせようかと思っています。

やはりPDAは設定に時間を労した分に見合うだけの価値や成果を見いだせる道具には思えません。

2005年9月 5日 (月)

文系教育者・研究者のお役立ちツール(4)


このタイトルで発言するのは久しぶりになります。学年暦としてはまだ夏休みが続いている大学も多く、それゆえに海外へ研究滞在や旅行をしている方々も多いでしょう。そうした海外と国内との行き来の際にちょっとした問題になるのはパソコンを持ち運ぶか否かということです。パソコンはちょっとした重さの荷物になりますし、精密機械ですからその扱いに気を遣う必要もでてきます。また海外にパソコンをもっていったとしてもそれをネットワークに接続させることができなければ、情報収集機器としてのパソコンの役割が半減してしまいます。ですから海外の滞在先で長時間キーボードにむかって集中する仕事がなくメールチェックくらいができればよいならば、あえてパソコンを持ち歩く必要もないとも言えるでしょう。また日本語を入出力できるコンピュータ環境が滞在先にあるとするならば、メールだけでなく書きかけの原稿ファイルなどもそれだけを持ち歩けば事足りると言えます。


今回この発言で紹介するツール(正確にはサービス)は、そうした海外のような遠方への外出時に役立つものです。それは検索サイトとして有名なGoogleが提供しているGmailというサービスです。GmailはMicrosoftが提供しているHotmailのようなWebメールサービスです。しかしGmailがHotmailのようなWebメールと決定的に異なるのは、無料で提供されているサービスながらユーザーが使用できるストレージ容量が2GBもあることです。(GmailのGは、GoogleとGiga Byteをかけているという話があります。)


一般的に言ってWebメールの利点は、いちいちノートパソコンを持ち歩かなくてもネットワークに接続された端末があるならば、いつでもどこでもメールの送受信ができることにあります。Webメールの場合、自分の私書箱にあたるストレージ領域がホストコンピュータ側に設定されているわけですが、理論上このストレージ領域はメールの保存先としてだけはなく、ワードやエクセルなどで作成したファイルやデジカメで撮影した画像ファイルなどを貯め込んでおくことができます。つまりネットワークに接続された環境があれば、世界中のどこにいても自分が日本で作成していたファイルを引き出して使うことができるというわけです。こうしたインターネット上にファイル保存領域を提供することに特化したサービスも、JustsystemのInternet Diskのようなものが知られています。しかしながら通常のWebメールとファイル保存のサービスは一元化されておらず、しかも無料でそれらのサービスが提供されていたとしてもそのデータ領域は数十〜百MBといった感じです。もちろんお金を払えばそれ相応のスペースを確保できますが、限られた資金で学究生活を送らねばならない私どもにとっては無料であることが重要です。そうした点をすべてクリアしているサービスがGmailです。Gmailは無料で2GBのスペースを提供されているだけではなく、多言語環境にも対応しています。また対スパムメール機能も付加されている点、Hotamailなどより信頼できるソリューションです。


Gmailは普通に使う分にはWebメールなのですが、GMail Driveというツールを用いるとマイコンピュータ上から一つのドライブとしてGmailのストレージ領域を認識させることができ、ローカルな環境でファイル保存・削除をするのと同じような感覚でネットワーク上のGmail領域を用いることができます。(ただしこのGmail DriveはMacOS Xには対応していません。)2GBも領域があると、それをメール用途だけで使うにはずいぶんと広すぎるわけですが、ファイルのストレージとして使用するにはこれくらいの容量が必要でしょう。Googleではこの広大なストレージにメールを消去することなくどんどん蓄えていって、お家芸の検索技術で即座に目的のメールにたどり着けることがこのGmailの最大の利点だと言っていますが、僕はWebメール機能をもったファイルストレージとしての利点に着目しています。もちろん検索が高速で優秀であることは言うまでもありません。


海外をはじめ外出先でも仕事をしたい場合、あらかじめこのGmailのストレージにファイルを貯め込んでから出かけ、出先でGmailのWebページをチェックできるパソコンがあれば、Gmailの添付ファイルとしてそれらのファイルを引き出すことができます。あとはUSBメモリなどにそのファイルを保存して仕事をすればよいのです。出先に必要なファイルを忘れた場合でも、このGmailのストレージに保存しておけばあせる必要はありません。Gmailはまだ日本のGoogleでは正式には開始されていないサービスであり、アカウントを取得するには既使用者から招待状を得る必要がありますが、工夫次第でいろいろと使用方法の可能性が広がるサービスであることには違いありません。これが普及した暁には、自分がもっているすべての電子メールアカウントをGmailに一元的に転送させておき、小さなUSBメモリだけをもって海外滞在するという時代がやってくるかも知れません…いや、もうやってる人も多いはずです。

2005年9月 4日 (日)

この一週間を振り返る

一週間ぶりのご無沙汰です。先週の帰阪後は大学へほぼ毎日出向いて、今取り組んでいる「近世スウェーデンにおける自己意識の様相」に関する研究を中心にしながら、その他いろいろと公務で片づけねばならぬ仕事もしておりました。(研究室では、じゃじゃ馬なWindowsXPを手懐ける必要のある毎日です。)でもって、なんだかんだと忙しく過ごしていたら、いつの間にか一週間もこのブログを更新することをサボってしまいました。

今週は木曜日に某大手旅行会社で講義をした後、土曜日に上京しました。この上京は久しぶりに仕事絡みではなく、完全なプライベートな目的のもので、これこそが今週最大のイベント。学生時代より長いつきあいのある、とても信頼する後輩の結婚パーティーにおよばれしました。新郎・新婦ともにとても優秀な研究者で、お二方とも可愛い後輩であると同時に西洋史学研究の同志でもあります。パーティー自体はお二方のお人柄を反映して、(良い意味で)質素ながらも暖かな雰囲気に溢れた宴会で、お二人の幸せな雰囲気をお裾分けして頂きながら心から楽しむことができました。結婚パーティーというのは、本当に心から楽しめる場なので良い。自分自身のときもとても楽しかった記憶しかありません。もちろん自分のときにはそれを支えてくれた様々な人々のおかげで楽しかったのだとわかっていますが、こんなに楽しいイベントならば一度ならずとも、10周年記念、20周年記念…と何度やっても良いものだろうと思っています。

昔なじみの大学研究室で机を並べた後輩たちも集い、またその場で知り合った新郎のご友人方とも意気投合したので、パーティー中は(ちょっとばかり)お酒が入りました。(みんな、ありがとう!)でも、これには反省。なぜならお二人から頼まれていたスピーチも、その場ではエンターテイメントとしてみんなに喜んでもらえたかと満足していたのですが、今しらふにもどって思い出してみるとまとまりに欠けていた感も拭えず、ライブパフォーマンスを重視する自分にとっては50点くらいのでき。(結婚スピーチって楽しい雰囲気を壊さないように、内容を要領よくまとめる必要があるから難しいですよね…授業みたいにはいかない。が…そうそう依頼される機会もないので訓練もできない…次にリベンジの機会はいつになることやら。)

でも、ワイドショーの芸能レポーターよろしくインタビュー形式を取り込んだことで、場を盛り上げることには奉仕できたかな。当初このスピーチについて何人かの人に相談をもちかけたところ、「古谷さんは古谷さんらしく、プロジェクター持参でパワーポイント使ってスピーチしたら…」なんて言われたのだけれども(…そんなんしたら前代未聞のスピーチになっていただろうよ…冗談もほどほどにしてください!)、幸か不幸か、結婚パーティーの会場にはそれに耐えうる設備はありませんでしたねぇ…いくらなんでもそんな無粋なことはしません(笑)。スピーチの締めの言葉には、会場にいたすべての人にむけて「長寿と繁栄を!」って言ったのだけれども、誰もその真意を理解していなかったようですね。みんな酔っていたのか…はたまたぼくがひとりですべっていたのか…新郎・新婦とも合理的・理性的な発想の持ち主ですので、バルカン人にあやかってバルカン風に締めてみたのですが…『スタートレック』はみんな見てないみたい…『スターウォーズ』の百倍良いので見てください。

晶人くん・はる美さん、末永くお幸せに!

で、今回の仕事抜きの上京に会わせて軽量装備を実践するがために、今週、公衆無線LANへの接続実験を繰り返していたZaurusですが、今回の上京では全く駄目、完全にどこへ行っても接続できなかった。結局スマートフォンでメールをチェックするだけでした。やはりZaurusも駄目かな…もう設定には飽き飽きしてます…これだから融通の利かないPDAは駄目。軽装時にはスマートフォン一本でいくしかないかなぁと思いましたが、そういえば昨晩の結婚パーティーのとき、このスマートフォンに搭載されているカメラの画質の悪いことには辟易とさせられました。(周りの人たちが使っていた国産携帯電話のデジカメ画像はすばらしかったですね。)Vodafoneの702NKだけに見られる問題かもしれませんが、この機種、マクロ機能も搭載されていないので、今なにかと使われるようになったQRコードの読み取りなどもできません。スマートフォンのコンセプトは良いのですが、まだまだ過渡期の道具という感じが拭えませんね。

今日は帰阪後、いよいよ『義経』が壇ノ浦の合戦だというのでじっくりとチェック。前にもこのブログで書きましたが、よく知られた平家物語の内容だけに、話の展開はもう見えているので脚本というよりは演出で見せるしかない…実は制作がとても難しいドラマだと感じています。壇ノ浦の合戦の時間的な推移が断片的でよくわからんとか、弁慶が投げつけた岩がはりぼてむき出しだったとか、義経の八艘飛びでの金粉演出はいくらなんでもくどすぎるとか、突っ込みどころをあげていったらきりがないのですが、おそらく今年の大河ドラマ最高の盛り上がりである今回については、その安っぽいつくりも俳優陣の魅力でようやく補われたかなといった感じです。

まず知盛役の阿部寛さん。がっしりとした体躯に鎧甲も見事に決まり、「見るべき程のことはすべて見た」と入水する姿は単純に格好良かった。今回の『義経』で後藤真希さんが演じる役所と同名の僕の妻が、阿部さんにホの字になる理由も納得。(ドラゴン桜も期待してます。)次に時子役の松坂慶子さん。入水直前、BGMが一瞬途切れ、遠方に義経を眺めながらうっすらと微笑みを浮かべながら入水する姿に万感こみ上げるものが見てるこちらにも伝わりました。僕の大学・大学院時代の指導教官の先生が松坂さんにホの字になる理由も納得。最後、範頼役の石原良純さんと資盛役の小泉孝太郎さん。都知事の息子が陸地で大奮戦しているシーンのあとに、総理大臣の息子が船上で討ち死するというシーン展開に思わずニヤニヤ。両者の対比になにやら政治的意図を感じとるのは深読みのしすぎかなぁ…しすぎだな、うんうん。

そんなこんなで、衆議院総選挙が来週の日曜日に迫っています。

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