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2005年7月12日 (火)

テロ対策としての「ゆとり」教育

確かに先週のロンドンでの同時多発テロに対する憤懣は募るのですが、不謹慎な物言いを許して頂けるならば、大都市を対象としたテロ行為にしてはどうもニューヨークやマドリードのものと違うような気がしてなりません。何というのか…アルカイダそのものではなく、その思想に感化されたアマチュアによる模倣テロのような感じが拭えません。アルカイダ系の大物テロリストの動向など、かのイギリスの諜報機関網ならばそれなりに事情は察知できていたのではないかとも思いますし、アルカイダとの関連を慎重に回避しつつ捜査が難航している点からも、そんな気がするのです。

昨晩のNHK『クローズアップ現代』で、最近のイギリスが一種のテロリストのアジールのようになっていて、「ロンドニスタン」なんていう言葉もできているくらいだという話を聞きました。言論の自由が確保された社会のなかで、過激な政治・宗教上の主張に感化された若年層が少数でテロ行為に及んだ場合、そこまでは治安当局の手も及ばないということでした。確かにそうした政治・宗教上の思想に共感できる階層がいれば、昨今のネット社会がテロ行為に及ぶ情報を氾濫させている状況を背景として、彼らは容易にテロに走ることも十分予想できます。

翻って我が国でもテロ対策がどうすべきかが盛んに論じられていますが、どうなのでしょう…ひょっとするとバブル期以降の「ゆとり」教育がもたらした社会の白痴化とも言うべき状況は、政治的・宗教的義憤に駆られた日本人によるテロ行為を未然に防ぐに最も効果的な方法だったのではないかとここで思い至ります。無論、かつてのオウム真理教のような荒唐無稽な議論に感化された人々が全くもって常識では理解不能な事件に及んだ経験が我が国にはあります。しかしそれより10年、個人レベルでの欲求の追求にこそ真剣で、他人とのコミュニカティブな共感には「うざ」ったさを感じる…そんな人たちが増えていることを実感する昨今、こうした階層からすれば己の物質的欲求の充実こそ大事で、オウム真理教のような発想などまさに「うざい」の一言で唾棄の対象とするのではないでしょうか。

これだけネット社会が進展した状況にあって、我が国においてもし政治的・宗教的義憤に感じる者がいたとするならば、例えば何らかのテロ行為が引き起こされていてもなんら不思議ではありません。しかしオウム事件以降、そんなことは個人的な怨恨によって引き起こされたいくつかの事件を除いて我が国では見あたりません。バブル時代とそれ以降の「ゆとり」教育が盛んに喧伝した「個性重視」という発想は、何か意見をすると「お前は何様のつもりで自分に意見するんだ」と「逆ギレ」するような人間(…おそらくこれは僕を含む「団塊の世代」ジュニア以降の世代に顕著に見られる傾向でしょう…)の跳梁を許しましたが、そうした徹底した己の欲望にのみ生きる個人主義(…これは本来的な意味での個人主義とはまるで異なる穿ったものですが…)の蔓延は他人との共感さえ忌避する階層を生み出し、結果的に例え言論の自由が確保された社会に生きていたとしても、政治だとか社会だとかの何たるか理解しようとしない(あるいは理解できない)人々を生み出しているのだと思い至りました。

無実の犠牲者には心より哀悼の意を表します。かなり穿った物言いで誠に恐縮ですが、ひょっとすると昨今の我が国の文部行政において最大の汚点とされている「ゆとり」教育は、以上に述べたような他者との共感を忌避する階層を生み出すことによって、中期的に見ればテロ対策としてもっとも有効な対策だったのかも知れません。だとしたらこうしたことを提唱したかつての文部省はえらい先見の明があったことになる…無論、個人の欲求ばかりを重視して、政治的・宗教的義憤を理解できない…つまり他者とのコミュニカティブな共感を理解できない人々が増えることこそが、長期的に見ればテロ行為以前に国家ないしは社会の崩壊に直結する行為なのですが…。

不謹慎だとの批判を甘受する覚悟で皮肉を発言しました。

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コメント

古谷様の主だったブログ記事にウェブログ図書館( http://library.jienology.com/ )からリンクを張りました。

お礼の言葉が遅くなりまして申し訳ありません。リンクを張って頂きありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします。

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