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2005年7月

2005年7月31日 (日)

飛行機のこと

今日ははやめの飛行機で東京から大阪へ帰ってきました。飛行機に乗ると小さな頃から飛行機に憧れていた自分を思い出します。

田舎の近くに航空自衛隊の百里基地という基地があって、夏休みのこの時期になるとそこで開かれる航空祭へ両親に連れられてよく行ったことを覚えています。そこから飛び立つジェット戦闘機の爆音は小さい頃から親しんでいました。冷戦期にはよくスクランブルがかかっていましたね…1985年のJALの墜落事故のときにはすぐに百里基地のRF-4Eが飛び立っていったことも記憶しています。新谷かおるの『ファントム無頼』や『エリア88』が愛読書だったことは言うまでもありません。(ぼくが研究対象にしているスコーネ地方は日本とヨーロッパを結ぶ航路の直下にあたるのですが、『エリア88』の風間真よろしく上空を通過する旅客機を眺めると「日本へ帰りたい」…なんて気にはなりませんが、傭兵の身で異郷にあればそう思う気もわからないではありませんね。)パイロットのような強靱な肉体をもつ職業に自分は合わないと思って(…というかその前に高所恐怖症なのだ、僕は…)今の道を選びましたが、それでも飛行機をめぐる趣味的な話題は幼い頃からよい社会勉強の題材でした。

僕は小さい頃、ジェット機草創期の1950年代に開発された「異形」の飛行機の数々に興味をもっていたのですが、そうした飛行機は常に国際情勢を背景として市場が見込まれ、開発が進められますから、自然とインドシナ戦争とかベトナム戦争とか中東戦争とかのことに詳しくなりました。(子供の頃、「ディエンビエンフー」だとか、「ボー・グエン・ザップ」だとか叫んで陣取り合戦をしていましたが、冷静に考えてみるとそんな小学生は嫌ですねぇ…そういえば、近世フランス史を研究されているI.さんは小さい頃滑り台を占拠して「安田講堂」ごっこをしていたらしい…歴史研究者の幼児体験は似たり寄ったり!)飛行機の歴史というのは単なる技術進化の歴史ではなく、市場(戦場)の要請に適応するかたちで様々な付加価値が開発され、政府と企業が結託した売り込み合戦の果てに展開された国際政治・国際政治の結果なのだとなんとなく理解していました。技術を支える社会のシステムのあり方が大切なことは、幼い頃に飛行機をめぐる世界のことから学んだ気がします。

今日大阪へ帰ってきた後は、疲れた体に鞭打って午後から息子を連れて梅田へ買い物(…というかWillcom社へのPHS解約手続き…Willcom社の解約手続きは解約手続き書類があるところへ直接行かねば成らず、大変不便です…)へ行ってきましたが、最近鉄道の話ばかりしているうちの息子はそれからどのようなことを学んでいくのか、実に興味深いです。

2005年7月30日 (土)

歴史実践ということ

集中講義明け(…正確には鶴橋での宴に参加して午前様になってしまいましたが…大阪教育大の田中先生、渡辺先生、遅くまでおつきあいくださいましてありがとうございました。学生君も含めて、とても楽しいひとときでした…)ではありますが、今日は東京大学文学部に飛びまして、近藤和彦教授が主催される研究会へ参加しました。

これに出席するたびに思うことは、今は大学で教員をしている者もみな一歴史学徒に戻って真摯に「勉強」する時間が共有され、「歴史学の醍醐味とは何なのか」…普段の多忙な教員生活のなかでともすれば忘れがちな根本的な命題を再確認させてくれることです。この研究会に参加されている方々は僕のような若輩者から見ればまさに「一騎当千の強者」ばかりで、自然とこの研究会で展開されてくる議論も「頂上決戦」といった白熱した雰囲気(…任侠映画ではございません…しかし歴史学の「仁義」は徹底している場です…)を呈しています。主催されている近藤先生は学問が生成される「場」の本質を常に大切にされていて、問題関心を共有する人を集めて切磋琢磨する環境を提供していただけることにいつも感謝しますし、普段からお忙しい身の上であることを考えれば深く感心します。僕はいつもその末席にあり、一学徒に戻ってひたすら勉強するばかりです。

(今年も検見川で近藤先生のゼミ合宿があったようですね…集中的な勉強の場は主催する側も、参加する側も精神的・肉体的に大変だと思いますが、その場で共有された意識や連帯感は後々何事にも代え難い財産になりますね。)

今回は青山学院大学の安村直己助教授が『グローバル・ネットワークの展開と歴史実践の序列化』というテーマで大変刺激的な報告をなされました。歴史や記憶が構築される過程を「書き手」側だけの問題ではなく「読み手」側の問題としても設定し、「書き手」も「読み手」も歴史を発話することによって、歴史構築の営み…すなわち歴史実践へ積極的な関係をもちます。そしてそうした歴史実践は話者によってのみ完結する自律的な行為ではなく、その実践の過程では背景や戦略の異なる他者による歴史実践との間で交渉が行われ、階層化・構造化が進展していきます。そうした序列化の過程がスペイン統治下のメキシコを事例としながら、理知的に論じられました。

この場に参加されていた北海道大学の長谷川貴彦助教授が、安村さんがなされた歴史実践という視角は歴史のもつ構造的側面と機能的側面を融合した包括的な視点だと賞賛されていましたが、僕個人としても、歴史理論といえばとかく言葉じりだけをとらえた感覚的な言葉遊びに終始する上滑りな議論が多いなかで、安村さんが史料批判のうえでメキシコ住民とスペイン統治者の双方における歴史構築の過程に解釈をくだされ、歴史実践というより普遍的なシェーマにたどり着かれている安村さん個人の着実な歴史実践の過程に深く感動しました。

歴史の構築過程は決して文字媒体によるものだけに関わらず、伝統的な文化的・社会的枠組みを背景に構成された身体技法という点も含めれば意識・無意識の差を超えて、歴史を発話した時点ですでに歴史実践に参画することになります。これまでの歴史実践に対する議論では主体的にそれを発話する「書き手」側の立場が重視されてきた一方で、一般的には「読み手」はそうした歴史実践の受容者として「階層化」されていたわけです。ですから様々な同時代の歴史実践の間で秩序化はあるものの、後者に歴史と記憶の違いを問わず実践の主体性を認めた議論は斬新です。

先の大阪教育大での集中講義において僕は「北欧」アイデンティティを批判する講義を行ったのですが、この歴史実践の議論をうかがったあとでは次のように整理できます。国際情勢など同時代的な北欧地域における問題関心から社会的エリートを中心に構築された理念的な「北欧」アイデンティティは、実際のところ北欧地域の住民にしてみれば「北欧」アイデンティティを構築したエリートによる歴史実践の「文法」に学びながらも、各自の依存する生活環境の実態に応じてより限定的な「ナショナル」アイデンティティを胚胎させる歴史実践を行っていきました。それゆえに、現実の「北欧」は北欧諸国に分裂しています。エリートたちによる理念的な「北欧」アイデンティティの構築でさえ、彼らが想定した「西欧」的価値観をカウンターアイデンティティとして序列化を行い、それとは異なる世界観を構想することによって作り上げられたものです。

例えば、今述べたような「北欧」アイデンティティの文化的構築の過程を論じる上でも、実に魅力的な安村さんの議論でした。そしてもちろん、この知的ハードな研究会はいつも会が終わった後の懇親会も爽やかに盛り上がる!昨夏はこのメンバーで数日間ケンブリッジの町中のパブをめぐったことも懐かしい思い出ですが、こんなに楽しくアフター研究会が盛り上がれる会も、そうそうあるものではありません。

2005年7月29日 (金)

ありがとう…柏原キャンパス

大阪教育大での集中講義が無事に終了しました。体力的には確かに疲れも見られますが、 講義を終えた後の今はその疲労感も爽快に思います。つまりとても良い経験ができた三日間だったということです。真夏の大阪の蒸し暑さのなか十数時間の長丁場で「北欧」史を学ぶ時間を共有した学生のみなさん、そしてこうした機会を提供いただいた大阪教育大のみなさんに心から感謝します。

後日東京に赴いたとき、「柏原ってのは橿原?」と聞かれたので、柏原(かしわら)について少し紹介するならば、ここは南河内は大和川中流に開けた町で確かに奈良との県境に接する町(もう少し東へ山を越えれば、法隆寺のある斑鳩へと抜けます)ですが、奈良盆地にある橿原(かしはら)とは異なります。酒好きな自分にとって、ここは河内ワインの産地として有名です。我が国におけるワイン生産の歴史はブドウの自生が伝承された甲州勝沼が最も古い(…明治初期の殖産興業政策の一環として設立された大日本山梨葡萄酒株式会社が嚆矢とされていますね…)わけですが、陽光の燦々と降り注ぐ生駒山麓の南河内もブドウ生産では伝統があり、昭和初期には全国一のブドウ生産を誇っていたと聞きます。そうしたことを背景に、柏原を中心に生産される河内ワインにも100年ほどの歴史があるわけですが、独立法人化した国立大学としてはさすがなもので、この伝統ある地場産業と協力して大阪教育大学の生協食堂には「大阪教育大学ワイン」というのがありました。さすがに集中講義中にそれを味わう機会はありませんでしたが、いつかは試してみたいものです。(大阪教育大の生協食堂といえば、かつて全国の食堂ランキングでもトップになったことのある質の高い食事とサービスで知られています。)

大阪外大も、大阪教育大も人里離れた山の上にキャンパスが広がっていますが、両者の決定的な違いは、アクセスする公共交通機関の差にあります。大阪外大の場合、現状では阪急バスしかなく、2007年度には大阪モノレールの開業が予定されてはいるものの、いずれにせよ最寄りのターミナルである千里中央まで30分ほどかかり、大阪中央の梅田界隈であるキタに出るまでには乗り換えを必要とします。しかし大阪教育大の場合には、近鉄大阪線を使って30分ほどで直接難波界隈のミナミにアクセスすることができます。これは学生生活上決定的な差でしょう。そしてその途中には焼き肉で有名な鶴橋もあります。鶴橋は駅のホームに降り立っただけで焼き肉の匂いが漂ってくる町で、お腹のすいた夕方時にはその匂いを嗅いだだけで卒倒すること間違いなしといった場所です。

さて今回の集中講義でまず嬉しかったことは、2年前の教育大での歴史学概論の講義に参加してくれた何人かの学生が僕を覚えてくれていて今回の講義にも参加してくれたことです。そしてそれ以外の学生も含めて、多くの学生のみなさんが講義に熱心に参加してくれたこと。とりわけ3回生以上の学生諸君むけの講義だったこともあって、歴史学上必要となる様々な方法概念について一からこちらが説明せずともそれについてはすでに了解済みで、こちらは「北欧」史のことに集中して講義ができ、とても講義がやりやすかったです。

今回の集中講義は長丁場になることを予想して、僕も単なるありきたりな北欧史概説に終始することはしませんでした。受講してくれた学生のみなさんとともに話をするこちらもまた楽しめる内容でないと、この暑い中とてもじゃないが三日間を乗り切れないと考えたためです。で、新ネタを用意。これが今回のテーマ『「北欧」アイデンティティの歴史的位相』でした。

往々にして我が国では「北欧」といえば、十把一絡げにまとめあげられて論じられる傾向にあります。ですから現在五カ国に分かれている北欧諸国の地域的アイデンティティの成立要素を自然・文化・社会的背景を踏まえて論じ、それらの違いを明確にしたうえで、それらを包括する「北欧」アイデンティティが如何様な文化的構築物であったのかを批判しようという今回の講義内容は、日本における北欧史研究者として挑戦的な試みでした。僕たちは「北欧」を論じる際に、北欧語で「北欧」がSkandinavienとNordenという二つの呼び方がある点に慎重になるべきです。とりわけNordenという概念は「西欧」とは異なる価値観を有する(その依拠する価値観は19世紀や20世紀ではそれぞれの同時代的状況によって異なるのですが)共同体として構想される一方、実はそこで構想された理念的な「北欧」アイデンティティをカウンターアイデンティティとしつつ、よりリージョナルなアイデンティティが強化されていった自己理解構築の相互交渉の過程があったと思います。今回の講義で僕はその思いをストレートに論じてみました。

技術的には、これまで大阪外大での「北欧史」と「北欧地誌」の講義で蓄積したコンポーネント化された小ネタを、アイデンティティ論という新たな枠組みで整 理し大ネタに組み替えるという過程を踏みました。これは、忙しい日常業務を抱えたなかでどれだけ斬新なネタを提供できるかという挑戦でもありました。道具 としては、例によってThinkPad X40とWireless Presenterですませました。つまり今年の日本西洋史学会における大会シンポジウムと同じ装備です。今回の長丁場でもThinkPad X40は暑い中熱暴走もなくよく働いてくれましたが、筐体の塗装はもうボロボロになりましたね…。かつてのThinkPad 600や560の頃と違って最近のThinkPadはどうもそうしたところに脆さを感じます。

僕自身そうした技術的にも内容的にも挑戦的な試みであったがゆえに、今回の集中講義はとても楽しい経験でしたが、それを支えてくれたのはこの講義の時間を共有してくれた大阪教育大のみなさんの存在だったことを忘れてはいません。まだ議論が煮詰まっていない部分もあり多少わかりづらかった点もあったかもしれませんので、そうした批判はこのブログやメールを通じて伝えてください。それこそがワインなど以上に柏原キャンパスからの大切な贈り物だと思っています。

2005年7月28日 (木)

あと一日…

大阪教育大での集中講義、今日は身がとろけそうなほどにとても暑かったですがまだ体力的な限界に達していません。(最近こちら大阪ではクマゼミが大量発生しているとかで、朝からとても五月蠅いです。)ただこの講義以外に時間をとることが難しく、最近はPHSをやめた関係もあって「どこでもネット」環境を自制していることから、大阪外大のみなさんをはじめメールをもらった方への返答ができていません。申し訳ありませんが、もうしばらく待ってください。

最近導入したNokia社のスマートフォンは山の上の柏原キャンパスでも大変順調に稼働中。新しいキャンパスということもあるのでしょうか…同じ山にある大学でも大阪外大とは違って、この大阪教育大の柏原キャンパスは3Gの電波状況が異常なまでに良いです…ただしトイレを除いて。(しかし柏原キャンパスの上空は飛行機がよく通過する…東京からの帰りにいつも飛行機から確かにこのキャンパスを目視できていたのですが。飛行機好きにはたまりませんね。)パケット接続代が心配で心配でなりませんが、パソコンではなくとも通常の電子メールクライアントソフトを搭載したこれを使って、一応みなさんから頂いたメールチェックはできています。返答まであと一日お待ちください。

2005年7月27日 (水)

比較政治経済史・西洋史特講II

大阪教育大での集中講義がはじまりました。その感想はすべての日程が終わったときにあらためて述べたいと思いますが、一言すべてにおいて「良い感じ!」です。長時間の講義につきあってくれている学生のみなさん、今回の集中講義にあたり周到な準備をいただいた田中ひかる先生、こちらの要求に的確・丁寧に対応いただいた大阪教育大の事務方のみなさんに感謝いたします。

受講してくれている学生のみなさん、『「北欧」アイデンティティの歴史的位相』と題した今回の講義で僕が用いた講義ファイルをPDF化して以下にアップロードしますので、復習の際に活用してください。講義中に話したように,、閲覧にはパスワードが必要です。PDF作成にあたってはAcrobat Reader Ver.5以降のファイル形式で作成しましたが、もし開くことができないときにはAdobe Readerの最新版を導入してください。

成績評価は出席点とレポートの点数を基準として算出します。レポートについては、講義の最終時間に課題を4題発表します(レポートの課題はこちらから確認してください。閲覧には同じパスワードが設定されています。)ので、そのうち1題を選択してもらい、それについての解答をレポートしてもらうことにします。締め切りは8月8日(月)。原則として提出先は大阪教育大教務課に設置されるレポート提出ボックスへお願いします。

(どうしても8日までに大阪教育大へ行くことができない事情がある人は、その旨僕に伝えてください。電子メールでのレポート提出も考慮します。)

2005年7月26日 (火)

テンパる…とはこういうことか…

今日も台風接近にめげず大阪外大の個人研究室で大阪教育大での集中講義の準備をしています。麻雀用語から転じた「テンパる」とはまさに今の僕の状態を的確に示した表現でしょう。いろいろな方からのコメント、メールに返信しなければならないのですが、それさえままならぬ失礼極まりない情況に追い込まれています。申し訳ありません。

大阪教育大の集中講義なのですが僕にとってははじめての集中講義の経験で、自分の体力と知力の未知の領域に挑むっていう感じがして、「僕ははたしてどうなるのだろう。」とワクワク気分が高まっています。(追いつめられると燃える性分です。)

例によってパワーポイントで講義準備していますが、現在80枚程度まで完成。僕の「しゃべり」のスタイルからして、平均して90分の授業で10枚弱程度のスライド分量が適当なので、残り20〜30枚程度で十分15コマ分の内容ができると思います。これだけスライドが増えるとファイル容量も大きくなりますので、基本的に今回の講義ではPDFファイルを配布しない方針です。(参加学生諸君との話し合いでは配布もあるかも…。)とはいえ、このブログをお読みになられている方には僕の授業内容を楽しみにしていらっしゃる方もおりますので、いずれ今回の「北欧アイデンティティの歴史的位相」をテーマとした講義提要を整理して示したいと思います。

しかし大阪教育大まで片道90分以上かかるのは無駄な体力のロスです。でも全国的に高名な大阪教育大の生協食堂がその疲れもいやしてくれるでしょう。

がんばれ、大植さん!

僕が大阪で生活するようになって幸運だったと思うことの一つは、大阪フィルがあること、そしてその音楽監督に大植英次さんが2003年以来就任していることです。大植さんという指揮者はバーンスタインのお弟子さんということでも知られていますが、何事にも全力投球する汗まみれの姿とそれを少しも厭わない明るい性格にとても好感をもっています。

僕が1990年にバーンスタインが死ぬ直前の最後のロンドン響との彼の日本公演を渋谷に聞きに行ったとき、確かバーンスタインの体調が悪いとかで演目の一つだった『ウェストサイドストーリー』が大植さんによって代演されたことを記憶しています。それが大植さんをはじめて認識したときでしたが、そのときは「お師匠さんに似て、熱い指揮ぶりをする人だな。」くらいにしか思っていませんでした。しかし2003年に大阪フィルの音楽監督に就任したはじめての公演でのマーラーの『復活』交響曲の演奏、ならびに彼の大阪フィルと音楽に寄せる熱い言葉に痛く感動し、それ以来いつも気にかけている指揮者となりました。

その彼がこの25日のバイロイト音楽祭でアジア出身の指揮者としてははじめて、音楽祭オープニング演目である『トリスタンとイゾルデ』を指揮して、成功を納めたというニュースに接しました。残念ながら25日の公演をリアルタイムに聞いてはいませんでしたので(…バイロイト音楽祭の模様は逐一ストリーミング配信されているらしい…)、感想を述べることは出来ませんが、どうやら今回の『トリスタン』は新しい演出だったらしいのですが、それへの批判はあるものの、演奏は概ね好感を持って迎え入れられたらしいですね。歳末にNHK FMで放送されるのを楽しみにしています。(…歳末の楽しみといえば、中学生の頃からNHK FMでのバイロイト音楽祭の放送でした…。)

大植さんといえばアメリカ時代にはその地域密着型のオーケストラ活動がとても高く評価された指揮者でもありました。最近大阪といえばなにかとじり貧な話ばかりなのですが、彼のそこぬけに明るい性格とエネルギッシュな活動で、是非大阪を盛り上げてもらいたいものです。大植さん、応援しています。

(ギャー!この『トリスタンとイゾルデ』でイゾルデ役がスウェーデン出身のニーナ・ステンメだった関係か…ストリーミングによるライブ放送はSR P2でもやっていたらしい…うーん、いつも聴いているのに、なぜ今回は聞き逃したのか…悔やんでも悔やみきれないとはまさにこのこと。今年のバイロイトはこのあとに年齢不詳で八面六臂の活躍を見せるブーレーズの指揮で『パルシファル』がある…個人的には大植さんの演奏の次にこれに注目かな。)

2005年7月25日 (月)

ITと教育

こんな記事を見つけました。

IT活用で学力が向上 日本教育工学会調査

普段積極的にITを歴史教育の現場に取り込んでいる経験から言って、確かにITは有効な教育手段かも知れないけれど、最終的には「何を伝えるのか、何を理解してもらいたいのか、何を活かしていってもらいたいのか」を明確にする必要があると考えています。そうした明確な授業構成があったうえで、最適なITの手法が取捨選択されるべきです。となれば、やはり授業の中身こそが根本問題であって、結局ITというのはその伝達手段にしか過ぎない。最近Faculty Developmentとか盛んですが、その議論においてもITに幻惑されて根本問題を忘れてはいけません。

伝達手段という点では、コンピュータ・スキルに関して教員・学生のそれぞれに明確なデジタル・デバイドが存在するので、その技術を研修によってこれから改善させるというのでは、時間がいくらあっても足りないと思います。最近でもパソコンを使わない学生は意外と多いですからね。それにコストも高くつくし、何より学生も教員も双方にとって「楽しさ」を共有できる授業構成をなすには、「この道具をこう使ったらこうした効果が期待できる」といったような想像力が必要で、スキルに四苦八苦するるようなレベルではそうした想像力を期待できるわけがない…これが一番のネック。この想像力が欠けたままでITが教育に有効だなどとは決して思いません。

で、むしろ学生らにとって無意識的に日常的に慣れ親しんだ手段である携帯電話などを有効活用するのが上で述べたような想像力を喚起するに現実的な手段かなぁと夢想しています。最近スマートフォンを使い始めて思うのですが、携帯電話に一般のWebコンテンツやPDFファイルなどを閲覧できるブラウザを搭載し、Bluetoothを介してネット・教員・学生間をつなげ、日常的に「検索」を習慣にさせるようなIT教育のほうが簡明な方法だと思います。プレゼンのときはさすがにコンピュータも必要でしょうが、そんなものは教室に一台あればよくBluetooth経由で携帯電話からリモートコントロールすればよい。技術的にこうした用法を可能にするスマートフォンの開発はできないことではないのだから、日本の携帯電話各キャリアは珍妙な「島国」根性を捨てて、世界標準に意識を開放してほしいものです。

スマートフォンその後

今日は朝から大阪外大の個人研究室に籠もって、大阪教育大での集中講義用資料を作成しています。試験期間に入り、周りの研究室の先生方がいらっしゃらないので、気兼ねなくSR klassisktを聞きながら勉強しています。今『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の最後の場面が流れているけど…やっぱりワーグナーは良いなぁ。いつになったら夏の季節に“バイロイト詣で”できるような身分になれるのだろう…。

先週末に乗り換えたスマートフォンですが、とりあえず自宅界隈での電波情況もほぼ問題なく、ここ大阪外大のキャンパスでも平均して考えればまずまずの情況で一安心です。とりわけこの個人研究室内での電波情況は大変良好です。しかし部分的にかなり弱くなる範囲もあります。まずはこの研究室がある建物のエレベータのなか。次にいつも用を足すときに使う洋式トイレのなか。この二カ所の感度はほぼ零に等しくなります。トイレについては自宅も同じように電波の情況が芳しくありません。従来よりトイレに籠もるときに本、書類、PDAなどを持ち込んで、それを読み耽ることの多い僕には、これはちと辛い状況です。トイレに長く籠もらず、はやく仕事に戻れ…という神様の思し召しでしょうか…トイレは忙しい日常生活のなかで独り現実逃避できる場なのに。

702NKの環境整備は進んでいます。研究室にあるコンピュータにも、WACOM社のFAVO Bluetooth Wirelessという無線タブレットに附属してきたUSB接続のBluetoothアダプタを介して、Bluetoothによるスマートフォンとの接続が問題なくできることを確認しました。いやはやBluetoothは一度だけ接続設定してしまえば、あとはこちらが特に意識することもなくいつの間にやら接続が確立されているので本当に楽ですね。

今のところ702NKにインストールしたソフトウェア(ただしすべてインストール先はReduced Size Multimedia Cardというメモリカード…702NK本体の内蔵メモリはたったの12MBほどしか余裕がありませんから…)は以下のとおりです…何かしらの参考になればと思い、整理しておきます。(誰が参考にするというのだろう…?)

  • QuickOffice…これはWord, Excel, PowerPointファイルを閲覧するソフトです。Nokiaからダウンロードできる無料版ではファイルそのものを変更することはできません。
  • AdobeReader LE…言わずと知れたPDFファイルを閲覧するソフトです。作成されたPDFファイルに日本語フォントが埋め込まれていないとファイルが表示されません。
  • Papyrus…個人情報を管理するソフトです。デフォルトのカレンダーとTo-Doは連携されていませんが、このソフトでそれらの情報を一元的に管理できます。
  • NextTrain60…時刻表を閲覧するソフトです。時刻表データはUTF-8という文字コードで作成する必要があります。
  • FExplorer…702NK内部のファイルを管理するソフトです。日本語は一部文字化けします。
  • iSync Config…MacOS X Tigerとのデータ同期の際にあらかじめ動作させておく必要のあるソフトです。
  • S60Zip…MacOS X上で解凍したSymbianOS Series60用のプログラムファイル群の階層構造をそのままZIP化したファイルを702NK上で解凍するソフトです。

今後余裕があればOperaなど本格的なブラウザを導入することがあるかも知れませんが、長いPDAの使用経験から言って大学における日常業務に必要な機能は、基本的に(1)ファイル閲覧、(2)個人情報管理、(3)それらデータのPCとの同期に限られると思うので、とりあえずこれくらいで十分と考えています。

二日ほど使ってきましたが、この702NK、北欧(Nokia)発英国(Symbian)経由の端末であるにかかわらず、日本語変換の予測機能が非常に優秀です。これまで使ってきたどの携帯電話よりも日本語は的確に変換される感じがします。しかし…なんですな…最近のNokia製の端末はフェイスカバーを様々なデザインや色のものに交換できるとはいえ、筐体の塗装は脆く、すでに傷がついてしまいました…。オプションでフェイスカバーの購入は必須かも。

さて…この発言を書いて十分に気分転換できましたので、再び仕事に戻ります。いつの間にやらSR klassisktもワーグナーは終わり、チャイコフスキーの『くるみ割り人形』が流れています…しかし一体どういう選曲センスなんだ?!

2005年7月23日 (土)

スマートフォン導入

昨晩の合同歴史ゼミコンパは値段のわりに美味しく(飲み放題の選択ができるお店が良かった)、そしてなにより楽しく時間を過ごすことができました。久しぶりに学生くんたちと飲んで、お酒の量に気兼ねすることなく飲めたので心底楽しかったですよ。ゼミ生のみなさん、お疲れ様でした。試験を乗り切り、よい夏休みを過ごしてください。

まったく二日酔いなどというものとは皆無なので、「酔いの勢い」というわけではないのですが、今日ふと思い立って携帯電話をいわゆるスマートフォンに替えてしまいました。今まではデータ通信用にPHSを、ちょっとしたメールチェックと通話用に携帯電話を併用していましたが、PHSを清算したうえで携帯電話のパケットサービスを利用し、すべての用途をスマートフォンに統合したという訳です。第三世代携帯電話の電波状況がちょっと不安でしたが、いつも北欧史の授業に前方の席に座って参加している大阪外大の学生くんも特に問題なく使っているようでしたので、ポイントも貯まって機種変更が無料で行えた状況の弾みで、ついつい変更してしまいました。

フィンランドのNokia社の6630という機種ですが、これは僕が契約しているボーダフォンでは702NKと呼ばれているものです。達磨さんのようなデザインを好きになることはできませんが…SymbianOS Series60というOSを搭載した世界標準機種ですから(…SymbianOSといえば“大英帝国”のPDA Psionに使われていたものです…Psionは今はなくなってしまったけど、一時期はスウェーデンのEricsson社にもOEMされていた良い機種でした…はじめてのボーナスで買った覚えがあります)、世界中にいるユーザーが様々なソフトウェアを開発・公開しているおかげで、実に多機能・高機能。PDAと携帯電話を足して二で割ったようなスマートフォンは、手のひらに収まるパソコンといった感じです。この機種にボーダフォンは様々な規制をかけていて、パソコンのように使うにはちょっとした技術が必要です(…本当に難しくて「敷居が高い」機種ですから、万人にお勧めはできません…)が、ほんの少しこれと「戯れた」だけでも可能性を感じます。とりあえず出先での個人情報の管理やメールチェックはこれで十分。

この機種にはBluetoothが搭載されているので、MacOS X Tigerを搭載したPowerBookとのデータ同期もiSyncを使って完璧ですし、データ通信もワイヤレスで行えます。Word、Excel、PowerPoint、PDFもこれ単体でそれなりに閲覧できますし、MP3だって聞くことができます。昨年スウェーデンに滞在したときに、ルンド大学歴史学部の友人に「お前はまだPDAなんて使っているのか!僕は携帯電話とMacをBluetoothでつないで情報管理しているよ。」と誇らしげに語られてしまったのですが、今スマートフォンを手にしてようやくその真意を理解しました。この友人は会うたびに僕がなにか新しい「飛び道具」を日本から持参するのではないかと楽しみにしてくれているのですが、お互いにPDAで話が盛り上がっていたのは僕がルンドに留学していたはるか5年も前の話です。

長期で海外に滞在するならば現地でプリペイド方式の携帯電話を買ったほうが安くつくでしょう。しかし今回導入した第三世代方式のスマートフォンならば通信料は高いけどとりあえずの短期での海外滞在でも十分でしょう。なにより高速データ通信が可能な端末ですから、Bluetoothを使ってラップトップパソコンと連携させれば、海外でとっさのネット接続が必要なときに回線を探す手間も省けます。このメリットは大きい。けれどデータ通信をいい気になってやりすぎて、パケット代がかさむ「パケ死」にだけ気をつけねばなりません。(ボーダフォンが何を考えているのか理解に苦しむのですが、なぜかそうしたデータ通信は通常の携帯電話によるパケット定額サービスの対象外なのです。)

2005年7月22日 (金)

今日は合同ゼミやります!

大阪外大のデンマーク史ゼミ、スウェーデン史ゼミのみなさん。今日の5時間目は合同ゼミを行います。A棟6階の共同研究室に集合してください。

合同ゼミが終わった後は、北千里で合同コンパといきましょう!

2005年7月21日 (木)

大阪教育大のみなさんへ!

大阪教育大で「比較政治経済学」(教養学科)、「西洋史特講II」(教員養成)を受講されるの方へ…お待たせしました。以下の内容で集中講義を行う旨、連絡します。

  • 7月27日(水)〜29日(金)(初日の27日は午前9時から開始)
  • 教室はA棟308講義室

授業運営上最低限の印刷物を配布する予定ですが、僕の講義スタイルの基本はパワーポイントによるプレゼンテーションですので、印刷物に頼らずパワーポイントと話に注目してください。大阪教育大のシラバスには「北欧史概説」とありますが、ただ単に通史ではおもしろくないのでこの集中講義用に新ネタを現在鋭意作成中です。この集中講義を一貫するテーマは…

  • 「北欧」アイデンティティの歴史的位相

…ということで決定しており、それはシラバスの授業計画にあるように、(1)「北欧」における国家と社会のデザインについていくつかの事例を語り(…このなかで「北欧」史を理解する基本的なキーワードについて解説することになるでしょう…)、これをふまえたうえで(2)「北欧」に生きる人々の帰属意識や自己意識がどのように作り上げられてきたのかを考察し、最後には(3)「北欧」という地域概念をどのように理解すれば良いのかをみなさんと一緒に検討することになるでしょう。具体的な講義計画は、初回の授業時間の際に指示します。

また後日なにかあれば、発言します。

道具との相性

最近いつも持ち歩いているThinkPad X40(これはつぶれるまで外出用途で使い続けます)のモッサリ感に苛ついています。ThinkPad X40やX41はモバイル用途にはとても丈夫で、しっかりしたキーボードも用いられていて良い選択だと思いますが、欠点が一つ…とにかく遅い。この遅さの原因は単に内蔵されているHDDが特殊な1.8インチのものを使っている点に求められます。とにかく遅くて、遅くて…一から起動させると2〜3分くらいしてようやく立ち上がる頃にはバッテリーが3%くらい消費されている…なんてよくあること。逆に終了させようとすると延々と電源が落ちるまでに時間がかかり、バスのなかで使っているときなんぞバス停を降りてもなおシャットダウン中のX40を抱えたまま…なんてこともよくある。たくさん仕事を抱え込んでいるときに、この遅さは致命的。折角デスクトップ検索ソフトなんて便利なものがあっても、検索自体に時間を要するとは、なんとも本末転倒な話です。

さて人間ってのは不思議なもので、自分のまわりの「もの」との関係を「相性」と称して距離感を得て、逆に自分の存在様態を確認する傾向がありますが、これを人ではなく道具に限ってみると、僕は携帯電話と髭剃り機との相性がどうも良くありません。携帯電話はどう使って良いのかいまだにうまく理解できていないので、必然的に機種選定も主流からとおくかけはなれた傍流のものを選択してしまう傾向にあります。今使っているものはやたらとデザインだけ洗練されていますが、肝心のボタンがやたらと押しにくい機種…というかボーダーフォンをキャリアで選択していること自体、傍流ですよね。「今度海外へ留学できる機会があったら、そのときに解約しよう」と主契約者である妻(…僕のは子回線です…とほほ)から言われていますが…そんなこと言われたら、このまま永遠にボーダーフォンに我が身を添い遂げることになりそう。(最近大阪外大ではNTTドコモの基地局が建ったのですが、その一方でボーダーフォンの電波状況は悪くなっています…。)

髭剃り機は一昨年の阪神優勝の際に優勝記念セールで洗濯機を買ったポイントではじめて手に入れたのですが、そのときに手に入れたロータリー式の某国産メーカーのものは重くて(…軟弱者ですみません…)ついうっかり手から滑落させたときにあえなく全壊…。重さとは裏腹にあまりに華奢なつくりに辟易として、今度はドイツものがよかろうと、現在使っている二代目は深剃りが売りのドイツの某メーカーのものを選択しました。ですが、今度は深剃りされすぎて、よく肌まで剃られ出血します。ゲルマン人の肌と日本人の肌では根本的に繊細さが異なるのでしょうか…そうしてみてはじめてゲルマン仕様では自分は駄目なんだと実感しました。しかもこれ剃った髭がボロボロと落ちてくるし…あまりに作りが粗雑なんですね。早急に三代目を考えねば…。髭剃りっていうのは自分の体と密接な関係をもつ道具なので慎重な選択を要しますが、こんなことで悩み続けていると再び阪神優勝セールで髭剃りを購入することになりそう。

どなたか髭剃り機の選定に良きアドヴァイスを頂けたら幸いです。

意識朦朧

昨日も大阪はかなり暑かったです…で、何を血迷ったか、カルピスをアイスコーヒーで割って飲んでみたら…これがえらく不味い。いくら酢や酒を飲んで口から胃にかけて洗浄しても、そのまずいネットリ感が抜けず困りました。

この暑さは本当に異常で、ラップトップコンピュータのゴム脚がポロポロと剥がれて取れています。接着剤会社からすれば想定外の暑さなのでしょう。機械絡みで言えば、大阪外大のデンマーク語・スウェーデン語共同研究室のエアコンが故障中。でもまだ授業は続いています。最近は小学校や中学校より夏休みに入るのが遅いです。

この間はこの間で、羽田空港の某デパート直営店でバーバリーのベルトを衝動買いする一歩手前のところまでいってしまいした。(ベルト売り場の前で10分以上延々と悩んでいたのはこの僕です…端から見ると変な客だったろうよ)ビジネスウェア用のベルトが必要だったからなのですが、冷静に考えてみれば今やネット通販のほうが安く買えるはずなので、これも暑さによる意識混濁のなせる業か…。

そういえば先週末の東京出張ではバルト研の飲み会のあと一人でラーメンを食べに行き、朝ご飯も羽田空港でラーメンを食べ…ということでラーメン漬けだったことを今思い出しました。冷静に判断すると、いくら自宅では卵アレルギーの子供がいてラーメンが食べられないからと行っても、これまたおかしな行動。

人も、機械も暑さのなか朦朧としています。明晩は久方ぶりに歴史ゼミ合同コンパ(…いえ、いわゆるゴーコンではなくてデンマーク史とスウェーデン史の合同コンパです…)がありますが、そこでパーッと暑気払いといきましょう。

2005年7月20日 (水)

関西外大のみなさんへ

関西外大で地域研究VIIIを受講してくれたみなさんは、昨日がレポートの締め切りでした。お疲れ様でした。電子メールでレポートを送ってくれた人で僕がすでに受信できた人には、20日午前8時の時点ですべての人に僕から受領確認のメールをだしました。念のため、もしいまだに電子メールでレポートを送ったにもかかわらず、僕からの返信をもらっていないという人は、その旨電子メールで連絡をください。

最近は添付ファイルのあるメールをウィルスメールやスパムメールとしてシャットアウトしてしまうようなパソコンの“防壁”が高く張られていますので、レポートを電子メールで送ってくれたにもかかわらずまだ僕のところに届いていないという可能性がないとは言い切れません。そこで確認のためにこの発言をします。返信をすでに送ってある人たちは大丈夫です。安心して夏休みを迎えてください。

2005年7月19日 (火)

今日は北欧史テストやります

最近の忙しさにかまけてブログの更新が停滞気味になりがちですが、数日おきに一気にため込んだ発言をだしていっています。最近はubicast Bloggerというソフトウェアを使って、ローカルディスクにまだ発言できていない下書き状態のテキストを保存しています。そのソフトウェアのなかにはまだまだネタが詰まっているのですが、推敲が完成しませんね。

さて今日大阪外大で北欧史の講義を受講してくれている皆さんは、4時間目にいつもの教室で試験をします。試験問題は前にも伝えたとおりです。また一週間前の発言に戻って試験問題を確認してみるでも良いです。試験時間は90分。試験開始60分後以降、解答がはやく終わった人から退席してもらって構いません。

2005年7月18日 (月)

オープンキャンパス

巷では連休だったようですが、僕はその恩恵に預かることはできませんでした。今日は今日で大阪外大のオープンキャンパスでした。どうやら、あの交通の便の悪い…狭いキャンパスに全国から3,500人以上もの受験生のみなさんが集まったようです。運営自体は、大阪外大の学生諸君のボランティアと事務方の周到な準備もあって、問題もなく進んだようです。我がスウェーデン語専攻も、今年からスウェーデン人を交えてのミニ会話講座など新たな企画を盛りこんで臨み、僕個人は専攻企画のあと入試相談会にも参加していました。学生のみなさん、スタッフのみなさん、お疲れ様でした。

梅雨明けしたこの蒸し暑い日に、大きな事故もなく終わったことで正直ホッとしています。いわゆる「全入時代」を迎えて旧国立大学系の大学でも積極的に受験生の獲得に乗り出さざるをえない現状では、こうしたオープンキャンパスの開催も必定かも知れません。とりわけ外国語大学のような特殊な目的をもって教育・研究を実践している大学は、なおさら普段外からは見えにくい姿を公開する必要があります。で、こうした機会は普段あまり耳にすることのない大阪外大の評価を外からやってくる人たちから耳にすることのできる機会でもあります。今日僕は普段着でオープンキャンパスに臨み、ひっそりと会場内や帰りがけのバスに潜んで、オープンキャンパスに参加している人たちの声に耳を傾けていましたが…

「大阪外大は、こ汚い万博会場のようだ」

だとか(…言い得て妙な例えだ…)

「大学の先生は面接の段階でキショい人が選ばれるので、キショい人ばかり」

だとか(…うーむ、そうだったのか、知らなかった…)いう声が聞こえてきて、正直減なり。オープンキャンパスはざっくばらんに大学の内情を知ってもらうために外部の受験生や親御さんに開放する企画ではあるのだけれど、少しは高等教育・研究機関としての大学に敬意を払ってもらいたい。大学経営が困難に直面していてオープンキャンパスが必要な状況があり、そうした状況を改善するために学生・教員・職員が休日返上で協力して力を尽くしているのに、最近受験生やその親御さんたちに足下を見透かされすぎ…で、そうした人たちのなかには、「自分たちは客なのだから徹底したサービスを受けるのは当たり前」と言わんがばかりの態度を示す人も多い。最近は大学経営も客商売のビジネスだと公言して憚らないむきもありますが、オープンキャンパスで訪れる人から言われ無き中傷を受けてまでそんな立場に堕するなんて僕は嫌です。大学は知的関心を共有する者が作り上げる共同体。その共同体から社会に還元された知的作業の結果が世の中の尊敬を受けて、互いに認め合う大学と社会の関係があるはず。僕らは大阪外大での教育と研究に自負をもち、学生諸君の協力を得てその一旦をわかりやすい形でオープンキャンパスで公開しようとしているのに…なんだかやるせなくなります。こうしたオープンキャンパスのような企画をするたびに、大学と社会の関係にはもはや知的「仁義」など毛頭存在しないのだと感じ…落胆します。

すみません、愚痴ってしまいました。というか、僕らも僕らで普段やってないような「楽しげ」な企画をオープンキャンパスのためだけの「客寄せ」としてするのではなく、実際に普段やっている授業だとかを「妥協なし」にそのまま見せたほうが良いと思う。現実の大学の教育と研究がどんなものなのか…本物を見せることによってその厳しさと良さを判断してもらえば、受験生だって入学後の実際の姿とのギャップに悩むことはないだろうし良いと思う。それを理解できないような受験生や親御さんには別に興味をもってもらう必要はないし、それを理解できた者だけが選ばれて大学に来るべきです。

だから今日は帰宅後、バーンスタインのハチャメチャな指揮でも見て気分を「復活」させようと、 1973年に録画されたロンドン交響楽団でのマーラーの「復活」交響曲をDVDで見ていたら(…しかしまぁ、よくあんなにピョンピョン跳びはねてオーケストラがついていくもんです…)…あらまぁびっくり。この演奏会場、どこかで見たことがある教会だなと思ったら、去夏訪れたイーリーの大聖堂でした。うちの息子は全く覚えていないようでしたが。効果的にイーリー大聖堂の彫刻や壁画のインポーズが用いられていて、マーラーの交響曲の雰囲気を盛り上げるのに一役買っています。で、イーリーの教会もすばらしいのですが、1970年代初頭の男性のスタイルがまたすばらしい… 多くの演奏者が顎髭までもみ上げを伸ばして熱演しています、ルパン三世も真っ青です。ちなみにウニテルが1970年代に録画したバーンスタインのマーラー・チクルスでは、「悲劇的」交響曲の映像でバーンスタイン自身の髭をボウボウに伸ばしきった姿を見ることができます…ちょうど「あなたの顔なんか見たくないわ」と言い残して彼の奥さんが死んだ直後の録画だったようです(…なんと「悲劇的」…家族関係ってのは難しいですね…)。

2005年7月17日 (日)

高校野球の夏

今日は午前中のはやい飛行機(久しぶりにB777-200に搭乗しました…良い機体です)に乗って、東京から帰ってきました。搭乗前の羽田空港では、「あぁ、今年も夏の高校野球の季節が始まったなぁ」と考えていました。

僕は高校球児ではありませんでしたが、梅雨も終わりかけたこの季節になると高校時代の野球応援のことを懐かしく思い出します。水戸で過ごした高校時代には楽しい思い出がとてもたくさんありますが、とりわけ強く覚えているのは夏の県大会での応援の思い出です。授業を休んで、友人たちと徒党を組んで球場に乗り込み繰り広げた野球応援は、普段あまりつきあいのない人たちとも妙な一体感と高揚感を得られる体験でした。僕の高校は水戸にありましたから、例えば藁苞の納豆をもって「ネバレ、水高!」なんて応援をしていましたが、ポイントはそうした応援はグラウンドで展開されている試合の状況とは関係なく、応援席は応援席で勝手に盛り上がってた点。それはまさに「乱痴気」騒ぎ。試合結果など関係なく異様に高揚した高校時代の僕らは、そのまま水戸の街へ繰り出す…という感じ。こうした学生の熱した状況に政治的・社会的問題の刺激を与えれば、一気に革命的暴徒に昇華したんじゃないかな…戦前・戦後に人気のあった六大学野球の応援なんかもこんな感じだったのかなぁと思っています。

いえねぇ…六大学野球というと僕の出身高校はかつて旧制水戸中学っていったんですが、ここの出身(つまり大先輩)には早稲田大学野球部で活躍した「アマチュア球界の父」と称される飛田穂洲って野球人がいて、彼は野球の教育的効果を唱えた人として知られていて、例えば「一球入魂」なんていう有名な言葉は彼の掲げたキャッチフレーズだったんです。早稲田と水戸の関係は、今でも僕の出身高校の野球部のユニフォームが早稲田スタイルだってところにも見いだせますね。

それ以来、この季節になると夏の高校野球における母校の活躍の結果は気になって仕方がありません。大学時代にはよく県大会からその夏の甲子園における全国大会の優勝校予想なんてのもやってましたね…昼ご飯をかけながら。高校野球はプロ野球と違って学生たちの精神的な脆さがそのままプレーに反映されるので、見ていて本当に「筋書きのないドラマ」という感じがするので予想がつかず面白い。今年の我が母校ははやばやと予選一回戦で敗退してしまいましたが、いずれ甲子園に行ってくれるものと期待しています…そのときは寄付も惜しみません。

というか、その前に阪神優勝しちゃったらどうしよう…前の優勝からそんなに時間がたっていないので、まだ心の準備ができていません。

2005年7月16日 (土)

グロントヴィ主義雑感

どうも体の調子が快方へむかわず、延々と頭痛と喉痛が続いています。が、時間は待ってくれません。今日は再び上京して早稲田でのバルト研に参加しました。

今日の報告は名古屋大学の大学院生によるグロントヴィ主義と風力発電(あるいはその開発母体となった国民高等学校)の話でした。デンマークの風力発電は近年の環境問題から代替エネルギーとしてとりわけ注目されていますが、その開発の背景には農村社会の充実を図ろうとするグロントヴィ主義の理念がありました。この点は僕のゼミを卒業した学生がやはりこの風力発電の歴史を卒論として取り組んでくれたので、理解していました。しかしグロントヴィ主義はグロントヴィ個人の言葉を離れて同時代的状況において「右翼」的思想にも、「左翼」的思想にも援用されうるという点、グロントヴィ個人の思想が18世紀大陸ヨーロッパにおけるルソーやヘルダーと密接な連関をもっている点など、はじめて知る事実も刺激的な報告だったと思います。

この後者の点についてはグロントヴィ主義という言葉を耳にするとといつも思うのだけれども、例えば、グロントヴィ主義に流入する「デンマーク」固有の文化的枠組みで培われた要素についてはなかなか触れられることがありません。例えばグロントヴィ主義者が"folk"だとか"nation"だとか語った場合、一方でそうした概念は抽象的に同時代の大陸ヨーロッパの社会思想の動向を背景としているとは思いますが、他方で「デンマーク」固有の伝統的世界観も大きな影響を与えていると思うのです。グロントヴィ主義の場合、その前提としてとりわけ大きい要素は、 18世紀以来の敬虔主義との関連だと個人的には踏んでいるのですが、どうでしょう…誰か研究してみませんか?それともう一つ、「デンマーク」近代史は、このグロントヴィ主義を見てもわかるように常に「農民」の存在が中心に措定されたうえでその社会展開が自律的・定向進化的に語られる傾向にあると思うのですが、どうでしょう…個人的にはこうしたイメージは、イングランドにおける「ホイッグ史観」に似たような歴史観のような気がしてなりません。

さて、今回バルト研に参加して嬉しかったことは、ブログをお読みになられている方から「私、福井出身なんですよ。ソースカツ丼の話は嬉しかった。」など、研究報告以外のところでも楽しい話がはずんだことです。「楽しみにしてます。」なんてニコッと笑顔で声をかけられたら、忙しくてもこのブログの更新を頓挫させるにはいきません。またまた遅くまでおつきあいくださったバルト研の皆様、ありがとうございました。

2005年7月15日 (金)

常陸野ネストビール

今日の大阪はもはや梅雨明けかと思わせるとても蒸し暑い日でした。大学へ行くだけで、あるいは大学構内を歩いているだけで、「熔けそう」な感覚に襲われました。もはや教室のなかで集中して勉強できる気候ではないですね…いよいよ夏休みですか。こんな正常な感覚を失わせる異常な蒸し暑さ(…そういえば今年のストックホルムは酷暑らしい…スウェーデンで30度を超えるというのはクーラーがあまりない国なのでたいへんです)を忘れさせてくれるありがたいものと言えば、冷たく冷えたビールですね。

昨日田舎からうれしい贈り物がありました。それは木内酒造という茨城県の酒蔵が作っている地ビール「常陸野ネストビール」で、茨城生まれの人間としてはこんなに美味いものがあるだけで「茨城、よかった」と思える一品です。以前このブログで1990年代に時地ビール生産のブームがあったことを書きましたが、最近はこの地ビール生産のブームも一段落ついて本当に実力のあるビールのみが生き残っています。その筆頭格にあるビールが常陸野ネストビールです。様々な製法のビール(ないしはエール)がつくられており、ペールエールも、アンバーエールも…どれも水準以上のおいしさがありますが、ベストはホワイトエールで、これは2002年にロンドンで開催されたThe Brewing Industry International Awardsで第一位、2000年と2004年のWorld Beer Cup・Herb and Spice Beer部門で第一位を獲得したものです。どの種類のビールも、それぞれ甘い、渋い、爽やか、豊潤…といった味の個性がとてもはっきりと、そして深く刻まれた一品で、管見の限り、我が国における地ビール生産の最高峰にあるものではないかと思います。

木内酒造がなぜこれだけ美味いビールを短期間のうちに開発することに成功できたのかは、おそらく江戸時代以来の伝統ある老舗の酒蔵だということに一つの理由を求めることができるでしょう。かつての地ビールブームは一寸酒造りの伝統とは切り離されたところで盛り上がった感もありましたが、やはり酒造りの伝統、とりわけ水に対する鋭敏な感覚があればこそ、世界水準のビール生産を短期間で可能にしたのではないかと思います。こういうのを良い意味での伝統の「リ・デザイン」というわけですね。(「リ・デザイン」という概念・手法は、今をときめく北欧家具デザインの基盤が作られていったときに多様された考え方で、北欧ないしは世界中の伝統的家具のデザインに有用性を認め、それを現代生活に適合するようにアレンジするいわば「本歌取り」のような手法です。今日のデンマーク史のゼミで勉強しました。)

しかしホワイトエールの場合、コリアンダーなどを香り付けの副原料として用いるため、日本の酒税法では発泡酒に区分されるとは今回はじめて知りました…発泡酒という名前だけで忌避していては大変もったいないことになってしまいます。勉強になりました。こうした優秀な地ビールを口にしてしまうと、市販されている一般のビールや発泡酒は全く飲めなくなっていまいます…というか飲みたくなくなってしまいます。それほど劇的に美味しいわけで、もし近くで目にされたら是非試みに飲まれることをお薦めしますが、なかなかここ北摂ではこの常陸野ネストビールが売られていないということが問題です…ふふふ、そのかわり北摂には箕面ビールがあります。

2005年7月14日 (木)

ソニー・タイマー

今日、教授会で会った僕の研究室の隣の隣の隣の隣のドイツ語の同僚の先生から…

「私のところのVAIO Z1が壊れて、見積もりだしたけど法外な高値で、結局使うのをやめたのよ。」

…という話をうかがいました。この先生と僕(あとお一方いらっしゃるのですが)は、2年前の同じ時期にSony VAIO Z1を購入したのですが、以前にも発言したように僕のところは今年の初めにそれが壊れ、しかも修理見積もりがあまりに高く、結局それが引き金となってMacへの「転向」がはじまったのでした。

そもそもこのVAIO Z1は、VAIOの業績が伸び悩んでいた2年ほど前に「ものづくり」の精神とやらを大切に開発したと宣伝された機種でした。14インチの液晶にSXGA+の高解像度をもった薄型の2スピンドルマシンとしてはたしかにまとまりのよいパッケージングでしたから、少々高額でしたがそれに飛びついたわけです。ソニーの宣伝戦略は実に巧みで、この点はいつも非常に感心します。

しかしこの話を知ってあらためて思うSony製品の脆さ。ある一定期間使っていると自動的に壊れるというソニー・タイマーってのは、本当に内蔵されているんじゃないかと疑いたくなります。それは企業戦略としてはあまりにも消費者を無視した態度ですし、ソニーの言う「ものづくり」とは所詮そんな程度のものなのかとも疑いたくなります。ソニー・タイマーを発動させるのはかまわないですけど、そうした後にはユーザーはたぶん再びソニー製品には戻らないと思うのですが…。

2005年7月13日 (水)

SR-E10000入手

先週以来、喉の痛みが快方へ向かいません。僕の授業に出てくれたことがある皆さんならば理解いただけると思いますが、僕の授業は「声」なくして成立しない…いわば「声」こそが商売道具とも言える…のでこうした喉の痛みは致命的です。おかけでいくつか依頼されている仕事さえも頓挫しています。

さて昨日はそんな体調の悪さを一寸忘れさせてくれる「道具との戯れ」の時間を得ました。大分以前にこのブログでセイコーインスツルメンツ社の電子辞書SR-E10000のことを話題にしたと思うのですが、それを入手しました。

僕はまじめにこうした単体での辞書検索に特化したいわゆる電子辞書をこれまで使っていませんでした。EPWING形式の辞書データを加工してPDAやパソコンを電子辞書がわりとして使ってきたからです。しかしこの春にPDAをなるべく使わない日常を決意したことから、ちょっと電子辞書を使ってみようかなと思い始めました。

電子辞書の選択については、あらかじめ入力キーのできの良さで定評があったセイコーインスツルメンツ社にしようと決めていましたが、「ではどの機種?」までは決めていませんでした。そうしたときに圧倒的な収録辞書数を誇るSR-E10000が登場したので、それに飛びついたという次第です。(収録辞書については、セイコーインスツルメンツの製品紹介ページで確認してください。)

まだ手にしたばかりですから的確な感想を述べることはできませんが、手にした最初の感想は「意外と大きい、そして重い」ということ。これはSR-E10000にだけ言える感想かもしれません。240gというのは電子辞書にしては大型の部類です。でも収録辞書のすべてを実際に持ち歩くことを考えれば、これはとても軽いわけですね。筐体上面をマグネシウム合金で覆ったつくりは一見しっかりとしたものに思えますが、実のところ液晶とキーボードの開閉スイッチや入力キーに多少のぐらつきを確認しており、このあたり安価に辞書を提供する電子辞書の世界では仕方がないものなのかなと思っています。

例によってマニュアルなど一切読まないで使い始めましたが、初回起動時は電子辞書にしては多少「もたつく」感じがします。一度立ち上がってしまえば、検索速度に不満は感じていません。検索のインターフェースは単純明快で、「一括検索(いわゆる串刺し検索ですね)」の画面では英語と日本語で入力項目がわけられており、それぞれ検索語を入力すると複数の辞書から一括に検索してくれます。その際、カーソルを移動させるだけで各々辞書の内容が数行表示されるのは、辞書の引き比べが簡単にできるという点からとても便利に思います。個人的には豊富な英英辞典系のコンテンツをコーパスとして利用して用例検索ができる点を最も便利に感じています。

スウェーデン語やデンマーク語に関するコンテンツは当然ありませんが、英語と日本語を高度に運用する必要のある人には、このSR-E10000の圧倒的なコンテンツはたいそう重宝するのではないかと思っています。(個人的には百科事典系のコンテンツとして小学館の日本大百科事典や日本語の類語辞典として角川類語事典などが加わっていれば「最強」仕様だったかなと思います。当初OEDが入っているのかなと思っていましたが、OEDではなくてOxford Dictionary of Englishでした。これにはがっかりです。)

最近は学生のみなさんの多くが、こうした電子辞書を使っているので、「僕も使ってみようかな」と密かに考えていました。ジャパネットたかたで盛んに新しい電子辞書のことが宣伝されているのを見るたびに、購入への衝動が高まっていたことも事実です。この電子辞書を手にしたことによってなんとなく「外国語大学」に属する人間らしくなったかなと思っています。それにしても…なんですな…単四乾電池で長時間駆動させる必要があるとはいえ、今時このFSTNのモノクロ液晶に「ギザギザ」なフォントというのは、十数年前のノートパソコンの画面そのものですね。僕にとってはとても懐かしい感じのする道具です。いずれこの辞書を使っていて長所や短所を感じることがあれば、発言したいと思います。

とりあえず昨日の段階では、やはり昨日イギリス・ケンブリッジから届いたAnders ChydeniusによるThe National Gainの1931年初版本(1765年にスウェーデン語で出版されたものがはじめて英語訳された版です…Chydeniusに今はまっていますよ…)をこの辞書を使って読んでみましたが、とくに操作に迷うことなく一気に読めています。操作に迷うことない…道具として大切な要素をこの辞書はクリアしていますね。

翻ってスウェーデン語をはじめとする北欧語の辞書ですが、これらについては再び紙の辞書を丁寧にひくスタイルへ回帰しつつあります。一つ一つの単語の意味をひく姿は地味ですが、そうした辞書から得られる感動はいつも新鮮なものです。

2005年7月12日 (火)

現代北欧地域論4・ 北欧文化講義II 一学期末試験について

先般周知してきました火曜4時限の「北欧史」の試験についてあらためて発言します。

  • 日時7月19日(火)4時限目、場所A209教室(つまり来週火曜日いつもと同じ時間、同じ場所
  • 試験問題についてはこのファイルをダウンロードし、そのなかに設定された4題のうち、2問を選択して解答
  • 各設問に字数設定は課さないが、解答時間は90分としその時間内に解答を終える
  • 持ち込みは教科書、ノートを含めて自由

以上です。上にリンクが張られた試験問題のファイルには、いつもと違うパスワードがかかっています。このパスワードについては、今日の授業でお知らせします。不明な点があれば、質問してください。

テロ対策としての「ゆとり」教育

確かに先週のロンドンでの同時多発テロに対する憤懣は募るのですが、不謹慎な物言いを許して頂けるならば、大都市を対象としたテロ行為にしてはどうもニューヨークやマドリードのものと違うような気がしてなりません。何というのか…アルカイダそのものではなく、その思想に感化されたアマチュアによる模倣テロのような感じが拭えません。アルカイダ系の大物テロリストの動向など、かのイギリスの諜報機関網ならばそれなりに事情は察知できていたのではないかとも思いますし、アルカイダとの関連を慎重に回避しつつ捜査が難航している点からも、そんな気がするのです。

昨晩のNHK『クローズアップ現代』で、最近のイギリスが一種のテロリストのアジールのようになっていて、「ロンドニスタン」なんていう言葉もできているくらいだという話を聞きました。言論の自由が確保された社会のなかで、過激な政治・宗教上の主張に感化された若年層が少数でテロ行為に及んだ場合、そこまでは治安当局の手も及ばないということでした。確かにそうした政治・宗教上の思想に共感できる階層がいれば、昨今のネット社会がテロ行為に及ぶ情報を氾濫させている状況を背景として、彼らは容易にテロに走ることも十分予想できます。

翻って我が国でもテロ対策がどうすべきかが盛んに論じられていますが、どうなのでしょう…ひょっとするとバブル期以降の「ゆとり」教育がもたらした社会の白痴化とも言うべき状況は、政治的・宗教的義憤に駆られた日本人によるテロ行為を未然に防ぐに最も効果的な方法だったのではないかとここで思い至ります。無論、かつてのオウム真理教のような荒唐無稽な議論に感化された人々が全くもって常識では理解不能な事件に及んだ経験が我が国にはあります。しかしそれより10年、個人レベルでの欲求の追求にこそ真剣で、他人とのコミュニカティブな共感には「うざ」ったさを感じる…そんな人たちが増えていることを実感する昨今、こうした階層からすれば己の物質的欲求の充実こそ大事で、オウム真理教のような発想などまさに「うざい」の一言で唾棄の対象とするのではないでしょうか。

これだけネット社会が進展した状況にあって、我が国においてもし政治的・宗教的義憤に感じる者がいたとするならば、例えば何らかのテロ行為が引き起こされていてもなんら不思議ではありません。しかしオウム事件以降、そんなことは個人的な怨恨によって引き起こされたいくつかの事件を除いて我が国では見あたりません。バブル時代とそれ以降の「ゆとり」教育が盛んに喧伝した「個性重視」という発想は、何か意見をすると「お前は何様のつもりで自分に意見するんだ」と「逆ギレ」するような人間(…おそらくこれは僕を含む「団塊の世代」ジュニア以降の世代に顕著に見られる傾向でしょう…)の跳梁を許しましたが、そうした徹底した己の欲望にのみ生きる個人主義(…これは本来的な意味での個人主義とはまるで異なる穿ったものですが…)の蔓延は他人との共感さえ忌避する階層を生み出し、結果的に例え言論の自由が確保された社会に生きていたとしても、政治だとか社会だとかの何たるか理解しようとしない(あるいは理解できない)人々を生み出しているのだと思い至りました。

無実の犠牲者には心より哀悼の意を表します。かなり穿った物言いで誠に恐縮ですが、ひょっとすると昨今の我が国の文部行政において最大の汚点とされている「ゆとり」教育は、以上に述べたような他者との共感を忌避する階層を生み出すことによって、中期的に見ればテロ対策としてもっとも有効な対策だったのかも知れません。だとしたらこうしたことを提唱したかつての文部省はえらい先見の明があったことになる…無論、個人の欲求ばかりを重視して、政治的・宗教的義憤を理解できない…つまり他者とのコミュニカティブな共感を理解できない人々が増えることこそが、長期的に見ればテロ行為以前に国家ないしは社会の崩壊に直結する行為なのですが…。

不謹慎だとの批判を甘受する覚悟で皮肉を発言しました。

2005年7月11日 (月)

“破壊王”急逝

あまりにもショッキングなニュース…“破壊王”としてその名を轟かせた橋本真也選手が今日午前急死したとの訃報に接しました。享年40…あまりにも太く短い彼の人生に涙を禁じ得ません。

2005年7月 5日 (火)

北欧文化特殊研究Ⅰ「北欧の地誌」 一学期末レポートの件

北欧文化特殊研究Ⅰ「北欧の地誌」を受講している学生のみなさん、ここに今一度期末レポートの件を整理します。

  • 各自が一学期の授業中にグループ学習で取り組んできた「都市」についてレポートを整理すること。
  • レポートの内容はグループ学習の成果を踏まえることが前提となるが、グループで報告できなかったオリジナルな論考が明らかにされているものがより好ましい。
  • 図版込みで400字原稿用紙に換算して7~10枚程度。
  • 参照情報は書籍、ホームページ等々必ず出典情報を記載する。
  • 提出期限は7月29日金曜日、提出場所は古谷研究室へ直接持参するか、furuya@osaka-gaidai.ac.jp へ添付ファイルの形式で送付すること。

以上です。質問などありましたら、来週の講義の時間に受け付けます。

2005年7月 4日 (月)

さようならWindows…ひとつの僕の独立宣言

最近割と忙しい日々を送っているので、春先からボチボチと進めてきたMacへの環境移行がなかなか完成しないでいたのですが、 最後の大仕事である膨大なメールデータの移行も先の週末にやっと辿り着きました。 OutlookExpressで保存されていた1万6千あまりのメールデータをmbox形式に変換して、MacOS X上のMicrosoft Entrougeに一旦流し込み、そのあとでMacOS X標準のメールにデータを転送する方式です。 問題なく作業は完遂しました。

心身共に疲れているということもあるのでしょうが、 こんなときにWindowsで作業をしていて強制終了などの事態に直面すると本当にやるせなくなります。一般的にWindowsの場合、「 こうしたい」と思う作業がなかなか思うように進まず、それでもって疲れてしまうことが多い。僕はハードウェアも、 ソフトウェアもほとんどマニュアルを読まないで作業するのですが、 本来道具とはマニュアルなど用いずとも購入直後から直感的に操作できてなんぼのもんだと思っています。 そもそもノートや鉛筆にいちいちマニュアルなんてついているものはありません。使用において個人の推測と想像を否定する道具は、 創造性を産み出す道具とはとても思えません。

MacOS Xに環境の大部分を移行してみて思ったことは、「こうしたい」という作業があった場合、 「こんな感じで操作してみればO.K.かな」との自分なりの推測が通用する場合が多いということです。疲れているときに、 いちいちパソコンの問題で知的生産の過程が頓挫させられることほど心底「むかつく」ことはありません。Mac OS XはWindowsに比べれば、そうした「むかつき」感が少なく、忙しい身の上にはありがたい環境です。

Windowsにはいろいろと頭を悩まされ続け、それを乗り越えることでスキルを得てきましたが、もうそのような関係は「止め」 にしようと思います。純粋に知的生産にだけ集中したい…。パソコンのことなどに関わっている時間はもはや残されていません。MacOS Xが完璧とは思いませんが、少なくともWindowsと比べるならば思考を中断させられる時間が少ない分、今の僕にはMacOS Xが合っているのかも知れません。(WindowsはMacOS Xのエミュレータ上で動作させることで対応していこうと思います。)

一体どれだけ多くの時間をWindowsに費やしてきたことか…。 今年はPDAやWindowsといった効率性の裏で実は無駄な時間を多く費やさせる矛盾した道具を清算しています。

(とはいえ、これは自宅での話。研究室では学生や同僚との関係上Windowsを使い続けますし、授業ではTabletPCをリプレースするものがありませんから、これを使い続けます。目下の問題は、PDAの代わりに久しぶりに紙の手帳に回帰しようと思うのだけれども、なかなか良い選択肢が見つかりません。やはりここはA4で印刷される紙との相性の良い「超」整理手帳2005ってところでしょうか…。2005年も上半期を過ぎて手帳選びとは、トホホな話ですが。)

地域研究VIII 第一学期末課題について(再)

関西外大の学生のみなさん、1学期末の課題の件について念のためもう一度整理します。

  • 北欧諸国について日本語で書かれた文献を一つ読み、その内容について自分の意見を反映させながらレポートする。
  • このレポートの対象とする文献は、単行本や研究論文として公刊されているものとし、インターネット上で書かれた文章は対象としない。
  • 各自がレポートする文献、ならびにレポート執筆上用いた参考文献の書誌情報を必ず付記する。
  • レポートの分量は図版込みで原稿用紙換算7枚~10枚程度とする。
  • 提出方法は(1)直接手渡し、(2)メールの添付ファイル、(3)郵送に限られる。(1)手渡しの場合は1学期最後の授業である7月11日までにレポートを僕に手渡すこと。(2)、(3)の場合には7月19日を到着締め切り日とし、これを過ぎたものは認めない。(2)は furuya@osaka-gaidai.ac.jp まで添付ファイルとして送ること。この場合には、僕が受信したあと、その旨を返信する。(3)の郵送は大阪外大宛(〒562-8558箕面市粟生間谷東8-1-1大阪外大スウェーデン語 古谷大輔宛)に送ること、ただしこの(3)の郵送による提出は郵便事情の遅れなども予想されるので、好ましい提出方法ではない。

以上です。

地域研究VIII

来週7月11日の講義ファイルをアップします。これで前期分の講義ファイルはおしまいです。

第12回 自治領など~未知の「北欧」 をダウンロード

今日の授業ではフィンランドあるいはアイスランドに関する質問・意見を書いてもらおうと思っています。また先週話したように授業評価アンケートを実施しますので、よろしくお願いします。

2005年7月 3日 (日)

Macの近況

蒸し暑い日が続いていますが、春に導入したMacは(Mac miniも、PowerBook G4も)よく働いてくれています。噂には聞いていたのですが、暑くなると冷却ファンはかなり頻繁に回転するようになりました。これはさすがに五月蠅い。

大阪外大の同僚(というか先輩にあたる)の古代史の先生がMacを最近デスクトップ、ラップトップをともに新調された(古代史の分野では昔からMacがデファクトスタンダードなんですよね…古典語の関係で)ので、環境移行のお手伝いをしたのですが…その簡単、確実な結果に思わず驚嘆の声をあげてしまいました。

例えば今回の場合、先にiMac G5で環境を構築しておき、あとから届いたiBook G4へはIEEE1394ケーブル一本で両者をつないで、待つこと10分…あっという間に完全なiMac G5と同じ環境がiBook G4にも再現されました。ひとつひとつのアプリケーションはもちろん、メール環境もネット環境もiBook G4のほうで僕が操作することは何一つありませんでした。

こんなすごい機能を実現しているのに、なぜ世の中Windowsがこれほど幅をきかせてしまっているのか…。思うに、人間、最初に手にした道具が重要で、例えばそれがWindowsマシンだと周りにどんなに良い機械があったとしても、もはや手に馴染んでしまった機械から離れられないということか…。来年以降のIntel Macに期待はふくらみますが、ものは試し、まだコンピュータに深く触れたことがない人はMacから入ることを(も)お奨めします。

2005年7月 2日 (土)

一言…「忙しい」

しばらくブログを更新できないでいます。様々な仕事が重なっているためです。また折角の出張のない週末ですから、このような週末には徹底して休みたいという気持ちもあります。ネタ切れとかそんなことはありませんので、今しばらく時間ができるまで猶予をください。

2005年7月 1日 (金)

“ガセ”ネタだと思う…

今日、某テレビ番組の制作会社から以下の内容で問い合わせを頂きました。

「中世スウェーデンのHurdenburgという町では、顎髭を伸ばした候補者を並べ、シラミを落とし、シラミが飛びついた者を市長とした。」という内容は事実か、否か。

市参事会員が集まって市長を選挙する事実はスウェーデンにもありますが、シラミという手段を用いた例があったかどうかは知らなかったのでおもしろいと思い、いざ調べ始めたのですが、どうも確証にいたる事実に至りません。

インターネット上にこのシラミの話はよく紹介されているのですが、それらは決まって英語など非スウェーデン語による紹介で、しかも紹介の文面がすべて一字一句同じもの。スウェーデン語による紹介は今のところ一切見かけない。しばらく情報検索を続けてみると、どうやらこの一字一句違わぬ発言内容は1989年にアメリカのとある昆虫学者が言い始めている。この話は、これ以降(インターネットの普及とともに)普及した話ではないか…。

シラミやノミにあたるスウェーデン語でいくら検索しても、この事実は出てきません。そもそもHurdenburgという都市は、なんだかスウェーデン語の語感を無視した名前です。(なかには中世のヨーテボリの市長選挙では…なんていう素っ頓狂なシラミの話が出ています。中世にヨーテボリはありません。)この話、ネタとしてはおもしろいが、しかしガセネタである可能性が高い。

いましばらく調べてみようと思いますが…世の中にはガセネタが多すぎて困ります。

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