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2005年6月 2日 (木)

スウェーデン人の死生観

ブログの影響力は相当なもので、ここでの情報を契機に昨日ある仕事の依頼を受け、ちょっと調べ物をしていました。先方との関係もあるので詳細を語ることは慎みますが、その一端でとても興味深いことがわかったのでここにその一部をご紹介しましょう。それはスウェーデン人の死生観についてです。

スウェーデンにはいくつかの世界遺産がありますが、そのひとつストックホルムにあるSkogkyrkogården(森の墓地)は、現代スウェーデンの死生観を考えるに最適な場所です。この墓地は、現代スウェーデンを代表する建築家E.G.アスプルンドのイニシアチブで1919~40年にかけて造成された墓地です。ここをはじめて訪れた人は木々に囲まれた爽快な環境に「ここは本当に墓地なのか」と思わず感嘆の声をあげることでしょう。よくスウェーデン人たちが散策する光景を目にする場所でもあります。その一方で現代スウェーデンの都市計画(あるいは建築)が自然との共存のうえに成立していったことを認識できる場所でもあります。中京大学の大岡頼光先生が、現代スウェーデンにおける福祉国家の成立根拠をスウェーデンに独特な「家」意識と人格崇拝のあり方に求めた『なぜ老人を介護するのか』(勁草書房)(個人的にこれは近年の我が国における現代スウェーデン研究のなかで出色の論考だと思います…現代スウェーデン社会を勉強したい学生のみなさんは必読です…)において、現代スウェーデンの死への考え方の特徴は「死者は追憶のなかに生きる」という点であることを論じられていますが、まさにアスプルンドの「森の墓地」(ならびに「森の火葬場」)はこうした「死の追憶」という死生観を反映させた場です。

一般的にキリスト教信仰が広まったヨーロッパ世界では、死者を土葬して「肉体」を保持し、「死者の復活」を祈念する死への考え方があったと言われています。これに対して現代のスウェーデンでは「死者の追憶」という考え方を背景として火葬されることが一般的であり、しかもその遺骨は匿名墓地(Minneslundといいます)に葬られるケースが多く知られています。スウェーデンでは1889年に火葬が容認され、1957年に埋葬法改定により匿名共同墓地ができ、1963年には散灰も認められており、国民の7割以上はそうした匿名墓地を支持していると言います。先の大岡先生も指摘されていることですが、もちろんひろくヨーロッパ世界を考えた場合でも、19世紀以降、社会衛生上の観点、ならびに都市拡張に伴う墓地不足の理由から火葬が必要とされ、伝統的なキリスト教信仰における死者崇敬が薄れる傾向にありました。ですからスウェーデンでもまさにこうした社会の近代化あるいは福祉国家建設の計画のなかで、Skogkyrkogårdenに代表されるような都市部の集合墓地が企画・建設されていったことは想像がつきます。

しかし僕が専門とする歴史学の知見からして、スウェーデンの場合にはこうした福祉国家建設の前よりも、こうした火葬形態をとることで「追憶」のなかに「死者」を弔う傾向が歴史的に継続していたと思います。例えば、キリスト教が普及する前のスウェーデンで信仰されていた北欧神話のなかには、「バルドルの船葬」に代表されるような火葬の情景がよく登場します。その一方で土葬の情景もでてくるので、スウェーデンには複数の死生観が存在していたと考えた方がより正確かもしれません。つまりスウェーデンでは古来「追憶」の観念に裏付けられた火葬形態と死者の復活を祈るような土葬形態が併存していたということです。後者の死生観は、スウェーデンがキリスト教化した12世紀以降外来のキリスト教信仰と合致して普及しましたが、その一方で前者の死生観もスウェーデン社会には「執拗低音」のように深く維持され、それが19世紀以降社会の近代化の要請に伴って噴出したと僕は考えています。

スウェーデンには、Allemänsrätten(「万人の権利」が直訳ですが実態を反映した訳語なら「自然享受権」)という権利があって、私有地であっても所有者のプライバシーや財を犯さない限り散策することが認められていることが知られています。こうした権利が成り立つのも「自然を享受する権利は皆にある」、あるいは翻って「人はみな自然に属する」という伝統的なスウェーデンの自然観があるからこそと言えます。スウェーデンではそうした自然観があればこそ、「死者の肉体」に固執せず、「死者は追憶に生きる」として共同墓地を支持する考えも成立しうるのでしょう。

ストックホルムの「森の墓地」を訪れてみれば、死して灰となった人が遍く自然へ回帰する「場」を目の当たりできます。しかし僕は短絡的にそうした自然とスウェーデン人との共存関係の事実を手放しで礼賛するわけではありません。あくまでもスウェーデン福祉国家の存立基盤を考える際には、そうしたスウェーデン独特な伝統的観念との関連において考察を進めるべきだろうということを言いたいのです。この点では先の大岡先生の主張される点を支持します。その一方では、ここで長々と自然と共存する「死者への追憶」が伝統的なスウェーデン人の死生観だと言っておきながらも、「それって本当なの?」という疑問が心の片隅に残っていることも事実です。(誰か批判してください。)僕の研究は近世スウェーデン国家が対象ですから、具体的検証の術と時間がないので仕方がないのですが、例えばこの「森の墓地」については以下のような考えももっています。

つまりこの「森の墓地」は、福祉国家建設の初期的段階で計画されていったことから、ひょっとすると「国民の家」という家父長制的な構想のもとで立案されていったスウェーデン福祉国家の運営上、理想的とされた「死生観」をスウェーデン国民に広めるために有効に作用した施設だったのではないかという考えです。そもそもスウェーデン社会民主党が掲げた「国民の家」という発想自体、家父長的な権威と家構造が一般的だった(とされる)福音主義ールター派の精神性を背景として考えない限り理解できませんし、そうした伝統的なスウェーデン人の精神構造を援用してこそ、はじめて「家」というイメージのもとに福祉国家を建設できたのかもしれません。

今でこそ「死者への追憶」という死生観やそれに基づく火葬はスウェーデンで一般的となっていますが、ひょっとするとこれは福祉国家体制が、スウェーデン人が長年慣れ親しんできた伝統的な自然や死への観念を援用しながら、それを再構成して新たに作り出した言説なのかもしれません。他にも福祉国家が理想としたライフスタイルが新たに構想されスウェーデンの人々を支配した事例は、都市計画との関連で言えばストックホルム郊外のモデル住宅区として建設されたHammarbyの事例がよい検討対象になるかも知れません。20世紀の前半から半ばにかけてスウェーデンは辺境の極貧国から福祉国家へと劇的な転換を遂げましたが、その転換の謎を解明したいならば、一方では新たな体制作りのための「素材」として利用されていった伝統的な観念や慣習を考え、他方でそれがどのような理念と過程のもとで再構成されていったのかを共に論じる必要があるのではないでしょうか?

誰か研究してみてください。

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コメント

スウェーデン人のことを本音で暴露しているサイトです
日常生活からスウェーデン人の生活観が分かるかも!?

MIKA様、はじめまして。コメントを寄せていただきありがとうございました。

僕自身、それほど長く深くスウェーデンに滞在したことはないので、やはり現地に赴いて日常生活を送っていらっしゃる方の「生」の声は大変参考になります。

今後とも「本音の暴露」を教授いただけたら幸いに思います。

「沖縄鍛冶と王権」から始まり、「都市盛り場研究」「河原差別論、境界都市論」「命共有ー水子供養、都市と墓地」「向都離村後のコミュニティづくり」そして、「都市コミュニティ交通」「交流型ツーリズム」へと研究を広げてきた森栗です。
 都市は、多くの人が集まるのですから、命の共有の場によって、火葬が可能となる。論理は「死者は追憶のなかに生きる」である。大阪の骨仏(一心寺)まさに、それである。真宗の火葬は、死者は追憶ではなく、一心帰依によりなっている。この場合も、都市・職人・漂泊者が、クライアントとなっている。

郡と郡の境界に発生したストックホルムと都市の命共生の森。思い当たるところがあります。
 私は、大阪湊町再開発や尼崎臨海部再開発に関わった会議で、墓を作ってその火葬骨で森をつくれ、法要専門のホテルを作ろうと発言し、物議をかもしたことがあります。尼崎の森は実現しますが・・・。
 そういう意味でも、古谷先生のご見識に感動しました。

森栗先生、コメントを頂きありがとうございます。一心寺に関するご指摘を頂き、なるほど都市という現象のなかにそこに生きる人間の洋の東西を問わない普遍的性格を看取しました。一般的に申して西洋史学研究が我が国における現実的な政策提言に寄与する機会は非常に限られておりますが、僕たちの知見もそこに生きうる可能性を感勇気を得られた気がします。

大阪外大の専攻語体制のなかに生きていると、あたかも百科事典の北欧の項を論ずれば事足りるように、自らの役回りについ異文化の紹介者程度で甘んじてしまう可能性もあります。しかし実のところ文化を比較するには本来より強く自らの出自に意識的にならねばならぬわけであり、僕のような北欧研究・教育者は「なぜあえて21世紀の「日本」で北欧を論ずる必要があるのか」を論じなければ、学生の感覚・社会の感覚から取り残されてしまうだろうと思っています。この「森の墓地」に関する発言の背後には、そうした僕の思いも込められていました。

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