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2005年5月10日 (火)

北欧における「ナショナル」と「インタナショナル」

疲れているのに眠れないので、ちょっと思ったことを一つ。昨日本務校へ赴いた際にデンマーク文学を専門とする同僚の先生へ唐突に不躾な質問をしました。

「今年はアンデルセンの生誕200周年だけど、なぜデンマークではアンデルセンだけが有名なのか。」

同僚の先生曰く、「口語文学ということもあるけど、彼の創作童話に見られる創造性はデンマークに限ってみればアウトサイダー的なものだが、世界的には普遍的価値と映ったのではないか。アンデルセンはデンマークでなく、ドイツで認められて評価があがった。」

うーむ。このときに僕が思ったのはノルウェーのイプセンのこと。彼の人生はまさに「ペールギュント」そのもので、ノルウェーではほぼ認められず、大陸で認められ世界的な名声とともにノルウェーへ帰国したわけです。ほかにも北欧の文化人で世界的に名の知られている人は、例えばノルウェーなら画家のムンクもドイツで認められたわけだし、スウェーデンでは例外的に名の知られているストリンドバリも『令嬢ジュリー』などは大陸へ逃避行していた時期の作品。デンマークにはもう一人キュルケゴールがいるけれど、彼だってベルリンでシェリングやヘーゲルに触発されて思索をはじめ、その思想は20世紀にはいってからドイツの実存主義を標榜する思想家によって「発見」されたもの。フィンランドのシベリウスだって、ドイツやオーストリアでの研鑽があってこその成功でした。(彼は本当はロシア音楽の影響が強く、ペテルスブルクへ行ってリムスキー=コルサコフに師事したかったけど実現できなかったという話は意外と知られていて、だから彼をロシアに対する「フィンランド・ナショナリズムの闘士」みたいに扱うのは、後のフィンランド建国で利用された言説にすぎないじゃなかろうか。)

こうした世界的に名を知られる北欧の文化人に対して、もちろん北欧のそれぞれの国には知るに値する文化人はたくさんいます。この文章をアンデルセンからはじめましたから同じ時代のデンマークの文化人を紹介するならば、例えばグロントヴィという思想家がいますが、彼は今のデンマークの文化と社会に多大な影響を与えたキリスト者・思想家としてデンマークではことさら高い名声を得ています。グロントヴィといえば僕たちの国では成人むけの実学重視の教育機関である「国民高等学校」の提唱者として知られています。(例えば、東海大学の建学理念はこのグロントヴィの精神を引き継ぐものです。)

そもそもこの「国民高等学校」は、19世紀後半の第二次スリースヴィ戦争(シュレスヴィヒ=ホルシュタイン戦争)においてプロイセン・オーストリアに敗北し荒廃したデンマーク社会を、デンマーク国民の核たる農民たちの手によって「祖国」復興していく過程で重要な役割を担った教育機関でした。(内村鑑三が『デンマルク国の話』で紹介した「外で失ったものを内で取り返す」という精神ですね。)グロントヴィのキリスト教思想は本来キリスト教教義の普遍性を説くことで国王を頂点とする福音主義デンマーク教会を批判するエネルギーを孕むものでしたが、同時代のナショナリズムの思潮のなかで隣国ドイツなどと対抗しながらデンマーク「民族」の歴史的個性を創造しようとした派閥(グロントヴィ派)に利用され、今でも一般的にはデンマーク・ナショナリズムの草創期における精神的支柱を担ったと解釈されています。確かに

ここでデンマーク文化の「ナショナル」なものを代表するグロントヴィと「インターナショナル」なものを代表するアンデルセンを比較することはとても興味深いと思います。農民たちの啓蒙活動や農民生活が育んできた民話収集などを通じたグロントヴィの業績が、彼の意図せざるところで普遍的価値を解釈させる余地を与えず、狭義のデンマーク「民族」性の理解へと結びついたことは容易に理解できます。それゆえにデンマークに懐胎するその独特な文化や社会の性格に親しんだ人たちによって彼の思想が支持され普及し、結果として彼の名前はデンマーク文化の「ナショナル」な部分と結びつき「インターナショナル」な名声を獲得するには至りません。(いやもちろん彼の思想を子細に検討するならば、デンマークを超えた普遍的価値をゆうすることを僕も認めますが、一般的にはそうではないですよね。)

その一方でアンデルセンの場合には、同時代のデンマーク社会においてはアウトサイダーであり全くその同郷から顧みられることがなく、むしろデンマーク「民族」と正反対のところに位置するドイツで認められていった。今やデンマークを代表する文化人としてアンデルセンは紹介されるけれども(今や国を挙げての英雄的文化人ですからね彼は)、そもそも彼の業績が評価されていった道程を振り返るならばドイツで評価されたという点で矛盾を感じずにはいられません。しかし北欧の文化がそれ以外の世界で生きている人たちにとってはなかなか理解し想像することが難しい独特な自然・環境のなかで育まれていったとしたら、そうした環境に受け入れられなかった人のほうが北欧以外の世界の人には理解しやすい、つまり普遍的魅力をもつものとして受け入れられやすい訳です。上で紹介した他の北欧諸国において世界的な名声をもった文化人についても多かれ少なかれ似たようなことが言えるのではないでしょうか。

北欧における「ナショナル」なものと「インタナショナル」なものの対比。これらは相反するものにも見えますが、例えばアウトサイダーとして「インタナショナル」にならざるを得なかった者たちも、その裏面には「ナショナル」なものへの強い対抗意識があったわけですから、むろんそうしたものを通じてでも北欧の固有な性格を知ることはできると思っています。問題は、例えばデンマークを知りたいと思っているときに「ナショナル」なものに沈潜するとある特定の社会で作り出された言説にのみ視点が偏り、「インタナショナル」なものだけではそれを批判する力が強く作用してしまうこと。両者をバランスよく観察する必要があるというわけで、なんとも予定調和的な結論は片腹痛いところがあるのですが、ことほど左様に地域研究は奥深いものです。(この話は北欧における「文化回路」という視点でまた続けようと思っています。)

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