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2005年5月30日 (月)

デモクラシーの落とし穴

今日は関西外大に来ておりますが、隣に座っていた音楽学を専門とされている老紳士(…彼、何人なんだろう…?関西外大に来るたびに思うのですが、ここは本当に外国人の方々が多いですね…)とオリヴィエ・メシアン談義に興じていたら、彼の故国フランスからえらいニュースが入ってきました。

昨日フランスでは欧州憲法への是非を問う住民投票が行われたのですが、その結果「反対」が過半数を超えたようです。この欧州憲法をめぐるフランスでのレファレンダム(住民投票)の結果については、今日の関西外大での講義でたまたま1920年の南ユラン(ユトランド)国境問題におけるデンマーク系住民とドイツ系住民との間で実施された住民投票を扱ったところでしたので、個人的にはタイムリーな話題です。

我が国の西洋史研究者の間で影響力をもつ某掲示板で、フランスの問題は「重要政策のイニシアティヴを現代の「普選デモクラシー」という与件のなかでいかに貫くかという問題であり、これは「弁論部」における古典的な論題」と指摘され…なんだかこの問題がかつて大学学部生の頃「弁論部」の末席を穢した僕に振られてしまったように「感じました」。ですから、北欧史研究者の観点から思うところを学生のみなさんにもわかるようなかたちで発言したいと思います。

そもそも近代ヨーロッパ政治史を振り返った際に、レファレンダムという政治手法が「国際」的問題について実行力を伴う解決手法として史上はじめて注目された事例は、上で述べた1920年の南ユラン「国境線」確定の事例でした。当時の国際連盟の管理下で行われた住民投票は、懸案となっていたスレースヴィ(シュレスヴィッヒ)地方を詳細な選挙区に分割したうえで、デンマーク系とドイツ系住民双方の意思を具体的に反映させる工夫がなされ、結果、当該地域住民の利害関係を満足させ、現在に至るデンマーク・ドイツの「国境線」を平和裏に確定できたと評価されています。

これは一見するとレファレンダムという政治手法が、現代ヨーロッパ世界における国際問題の解決手法として有効であるという感想をぼくたちに抱かせますが、しかし話はそれほど単純ではなく、その手法がもつ歴史的な性格を理解する必要があります。例えば、先ほどの南ユランにおけるレファレンダムによって何が決定されたのか。それは近代ヨーロッパという時代の枠組みに限って「普遍」的価値を与えられた近代的「デモクラシー(これを普選デモクラシーと言っても良いでしょう)」の手法を借り、当該地域住民の利害を汲み上げるかたちで、まさに近代的観念においてつくりあげられたデンマーク・ドイツ間の「国民国家」の枠組みを決定したというわけです。

ヨーロッパの歴史を振り返ってみるならば、「デモクラシー」という政治形態は古代・中世・近代とそれぞれの時代・地域概念を背景として多様な姿をとり、変貌を遂げてきた歴史的概念であると言えます。古代にはポリスにおける民主政、中世には都市における自治…といったようにです。僕たちは日常的に現在ある「(普選)デモクラシー」を普遍価値をもった政治手法と考えがちです。しかしそれは17・18世紀以降の政治思想のなかから創造され、近代の市民革命の「実験」を踏まえ、それが結論としてもたらした政治・経済・社会・文化的環境としての「国民国家」という枠組みが前提となって、はじめて有効たりえた手法であることを理解しなければなりません。

近代ヨーロッパ世界は、私的所有を大前提とするがゆえに自由だけれども常に不平等を孕む資本主義経済というより大きな「場」のうえに「国民国家」という枠組みを育んできました。その際にアメリカの社会学者R.ダールの物言いを真似するならば、「成就ではなく、目的として」維持されてきた理念がここでいう近代的「(普選)デモクラシー」だったと言えるでしょう。つまり「国民国家」の枠組みでは、常に資本主義経済の孕む根本的問題が存在するがゆえに、その正統性を維持するためには「国民」とされる当該地域住民の利益を満足させる異議申し立ての手段として「デモクラシー」が必要とされてきたというわけです。

こうした「デモクラシー」は成就される前の未完の状態にあっては、市民革命や政治運動の「目的」として十分に機能したと思えますが、しかしそれが一度達成され成熟してしまうと、今度は自らの首を絞める結果をもたらします。多元性を認めるがゆえに孕む近代的「デモクラシー」の矛盾、あるいは落とし穴ということです。かつてH.ケルゼンというオーストリアの法学者が、デモクラシーが確立された社会にあってはそれを否定するような権威主義的な主張をする勢力もまた認められなければならず、そこにデモクラシーの根本的な矛盾があると指摘していたように記憶しています。今日における近代的「デモクラシー」は(権威主義といったことは抜きに考えるとしても)利害当事者の多元的な政治主張を保証するがゆえの矛盾に直面していると言えます。それが大衆化した場合には、いわゆる衆愚政治の危機といった感も否めません。

現在EUに加盟するヨーロッパ諸国は、公式的政治形態として高度な「デモクラシー」を保証しています。しかしそれは「国民」の包括的な政治参加と異議申し立てを認めるがゆえに落とし穴にはまってしまっています。それは今回のフランスにおけるレファレンダムの結果に明らかです。自分たちの生活圏を保証してきた従来の国家・市場の枠組みに対して、広域的な政治・経済圏が確立されると労働力の自由な移転が起き、自分たちの生活圏が脅かされるという不安が今回のNONをもたらしたのだとは、どこのメディアも分析するところです。しかし近代的「普選デモクラシー」を背景としたレファレンダムという政治形態をとるならば、自ずと利害当事者が自分たちの生活圏の確保を前提として異議申し立て手段として活用するのは、「デモクラシー」の歴史的展開を見ればあまりに明白な結果です。翻って1920年の南ユランの国境問題におけるレファレンダムを見れば、まさにそうした意味で機能する「デモクラシー」だからこそ成功したのだと言えるでしょう。

そもそも今回の欧州憲法の結果については、第二次世界大戦後の北・西ヨーロッパ諸国が模索した社会民主主義(あるいは福祉国家体制)の流れが、1980年代よりいわゆるサッチャリズム的転回を遂げた時点からある程度予想できたものです。例えば、福祉国家体制の典型としてよく言われるスウェーデンでさえ、1990年代の税制改革を通じて所得税を減らすことによって国家による手厚いサーヴィスを切りつめる一方、可処分所得を増加させることによって市場を活性化させ、最低限の社会保障については市場の活性化を見越した法人からの税収に依存して実現する試みが模索されてきました。多かれ少なかれ、こうした福祉国家の転換はどの北・西ヨーロッパ諸国に共通してみられた傾向でしょう。その結果、確かにある程度景気は好調になった地域もあるわけですが、その一方で平等な公的サーヴィスは切りつめられ社会的・経済的格差が広がったのだという「感覚」は蔓延し、その「感覚」から派生した不安はEU統合のような壮大な実験を頓挫させる原動力になりました。

自分の生活している「場」が実際にどのような構図であるのか理解することはなかなか困難なことです。例えば、主立ったヨーロッパの企業はグローバル化の度合いを深め、国際的ネットワークを前提としてはじめて経営が成り立ち、その収入をもってして住民の最低限の社会保障がなされているといったことはなかなか理解しがたい。ふつうは手っ取り早く目の見える自分のところの家計こそが重要ですから。ですが、もはやどこの社会民主主義的体制もそれを背景で支えるグローバル化した市場構造を覆すことは不可能であり、かつてのような「国民国家」的枠組みを前提とした高福祉を快復することなど到底不可能です。今回のような欧州憲法への手厳しい判断は、とりわけ福祉国家体制への「記憶」が根強く残る地域では今後も続くでしょう。その先どうするのかは、これこそまさに利害当事者であるヨーロッパの人たちに聞いてみないとわからないことです。結局は後戻りできないグローバル化の流れを前提に、近代的「デモクラシー」の落とし穴を統制する権能をもった集団指導に行き着くんじゃないかと予想します。そのためにはそうした流れを模索したいひとたちは、近代的「デモクラシー」の手法に親しんでしまった人たちを満足させるようにアジェンダづくりに積極的に参加させていく必要があるでしょう。「テキ屋」じゃないので具体的にその内容を予想することはできませんが、この過程はすなわち近代的な「デモクラシー」概念からの転換と新たな「デモクラシー」概念を図るに等しい作業になることは間違いないと思っています。

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コメント

 はじめまして、夢想家と申します。フランスの国民投票に関して私も少し考えてみましたので、意見してみたいと思います。
 
 EUは「巨大なプール」だと思います。例えばそれを「欧州市民プール」だとします。そのプールの中で、国境線という仕切りで分けられたそれぞれの国民の居場所があります。先進国民は、自分たちの居場所が脅かされるのではないかと心配しています。その原因は急速な統合の進展です。彼らは、これまで自分たちの水を一生懸命濃くしてきました。それは、経済力であったり、社会福祉であったり様々です。一方で、新興国民は、この巨大なプールに属す事で、その浸透圧を当てにして、自国の薄い水を濃くできるのではないかと期待しています。
 今回フランス国民の出した答えは、「EUは国ではない」ということではないかと私は思います。もし仕切りを取っ払って、巨大な国になったとしたら、水が薄くなって嘆くのはフランスのような国の人々でしょう。
 共同体として、弱者救済などを掲げる理念は崇高だと思います。しかし、それぞれの国が主権国家として成り立っている以上、巨大なプールの経営方針とそれぞれの国の経営方針とのバランスが大切になってくると思います。
 先生が「壮大な実験」とおっしゃったように、これからまだまだ問題が噴出してくるでしょう。今回の批准拒否で、EUも改革を迫られる事になりましたし、今後も注目したいと思います。

 勝手なことを書きましたが、いろいろご意見をお聞きしたいので興味がありましたら、よろしくお願いします。

 お金が無いのでDraft Oneを飲みつつ書きましたが、やはりビールがいいと思う今日この頃です。でもなかなかいけます。
 
 

夢想家さん、はじめまして。貴重なコメントを頂きまして、ありがとうございました。

夢想家さんの「プール」の例えは実に言い得て妙な表現で、「EUは国ではない」という指摘は「まさにその通り!」だと思います。

先の僕の発言の骨子は、近代デモクラシーにおけるレファレンダムのもつ性格と限界、歴史的概念としての近代デモクラシーの変遷にありました。歴史的概念という意味では、まさに「国家」という概念もそれにあたるわけで、先の僕の発言では明示的に「国家」の歴史的変遷を示すものではありませんでした。

もしそうした視点からこの発言をしたならば、夢想家さんに「EUは国ではない」と指摘して頂いたように、近代的な言説が作り上げた国民国家という旧来の国家概念がまさに新たな国家概念へと変貌を遂げようとしている試行錯誤の過程が、今のEUをめぐる状況なのだと言えるでしょう。

今回のレファレンダムの結果を現在のヨーロッパ社会や経済の状況から考えるならば、「プールの水」の例えのように「水を濃くすること」に努めてきた人たちはそれが「薄まる」ことを危惧した結果になります。そして今ここで夢想家さんによる「プール」の例えを借りて歴史的概念である「国家」そのものがどのような局面にあるのかを言うならば、今は「プール」自体を新たに作り替えようとしていて、「プール」の大きさや深さはどうずべきか、その形はどうすべきか、その素材はどうすべきか、はたまたその「水」をどう循環させるのか…が問題とされているということです。これまで「プール」は「主権国家」単位で作られていましたが、この「主権国家」という概念自体普遍的なものではなく、時代とともに変貌を遂げるものであって、今や「主権国家」後の国家像を模索する時期なのだということです。ではその国家とはいかなるものなのか…あるいは新しい「プール」はどういうものなのか…それは僕もよくわかりません。是非夢想家さんからも有益なヒントを頂きたく思います。

DraftOne、いけますか!発泡酒もいろいろ試してみたいと思います。

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